NTTが遂に土俵に乗ってくれた。 - 松本徹三

2010年09月06日 10:00

「光の道」に関連してのNTTの見解が、「マイグレーションの考え方について」という表題で、NTT持ち株、NTT東・西の3社連名で8月31日に出されました。これでやっとまともな議論が出来るようになったので、私も大変喜んでいます。


これに関連して9月2日付けで池田先生のコメントも出ていますが、これについては論評しないことにします。当事者でありエキスパートでもあるNTTの具体的なコメントが出たからには、この各項目について具体的に論評し、議論していけばよいことになったので、この分野にあまり詳しくない方々の抽象的なコメントに対して、いちいち反論を繰り返すことは、もはや意味がなくなったからです。

国家政策としての「光の道」についても、それに関連するNTTの構造問題についても、当事者であるNTTが本気になって議論に参画してくれなければ、何も前に進まないのは当然です。普段は、はぐらかされるだけで終わってしまうのが常だったのですが、今回は総務大臣自らの提言であったのと、既に多くの人が興味を持って議論に参画し始めているので、遅ればせながら遂にNTTも土俵に乗ってきてくれたわけです。あとは、議論が密室に閉ざされず、国民環視の場でのなされるように注意していくことだけが必要だと思います。

NTTの見解は、ソフトバンクがこれまで行なってきた提言に対する反論でもあるので、これに対する具体的なコメントと質問は、ソフトバンクから追々正式になされると思います。従って、私も、アゴラの場では、今後もこれに対する個別の論評は行なわず、将来のソフトバンクのコメントを引用し、或いは補足するだけとします。今日の記事も、取り敢えずは気楽なコメントだけに留めますので、適当にお読み流しください。

NTTによれば、「ソフトバンクが算出している光回線の新設コストは低く見積もりすぎで、実際にはその2倍は必要」という事ですが、これには全く驚いていませんし、がっかりもしていません。

5年前に、現在行なわれている「携帯電話のMNP(Mobile Number Portability ? 番号を変えずに通信会社を変更できる制度)」が議論された時にも、当初NTTドコモは、「これをやる為には1,000億円程度のコストがかかるから、導入は困難」と主張していました。しかし、導入が決まり、携帯通信事業者各社が共同で具体的に検討してみると、結局コストはその10分の1の100億円程度で済むことが分かったのです。

これ以外にも、「NTTの当初の見積もりが高すぎる」というケースは枚挙に尽くせません。元々が独占企業だったので、今なお、その体質が身についてしまっているのでしょう。

競争の厳しい業界で仕事をしてこられた方々には釈迦に説法ですが、受注産業では、当初の「積み上げの見積り」が、「厳しい見直し」の結果として、半分以下に圧縮されること等はザラです。何故当初の見積もりが高くなるかと言えば、大略下記の理由によります。

1)各部署がそれぞれにContingency Factor(安全率)やOverhead(一般管理費)を十二分に入れてくる上、これが二重三重に加算されたものがトータルコストとして計算される。(本来は、各部署はそういうものを一切無視した「裸のコスト」で見積もり、最後に全体を通してのContingency FactorとOverheadを一発で加算するべきなのだが…。)

2)それぞれのセクションやファクターが、これまでの常識に基づいた一般的な基準によって見積もられ、特に工夫も凝らされないし、「この条件なら、ここはバッサリ削れる」といった大胆な発想も、通常は一切取り入れられない。(実際には、「抜本的な見直し」をすると、或る部分については、コストが一気に10分の1程度になることもしばしばあるのだが…。)

3)外注品や外注工事は、常日頃付き合っている業者が取りあえず気楽に見積もったものをベースとしているから、厳しい競争環境にさらされた業者が最終的に出してくる値段と比べると、相当高いものがベースになっている。

4)追い詰められるまでは、どんな企業でも、構造的な問題(例えば、「そもそも、そんな組織やプロセスを存続させて、全体のコスト構造の中に組み入れる必要があるのか?」といった疑問)には手をつけない。それ以外でも、当初の見積もりは、「苦痛を伴うことはやらない」という前提で作られるのが普通である。

技術的な問題についても同様のことが言えます。ソフトバンクがADSLをはじめる時、NTTは、「日本のメタル回線は米国等とは違う組成になっているので、技術的問題を生じる」「近接するISDNと干渉を起こす」「そもそも『IP電話』というものには信頼性がない」等々の理由で反対しましたが、結果はこのどれも当たりませんでした。

ソフトバンクがあのような思い切った価格革命を引き起こすとは、その時にはまだ誰も予想していなかった筈ですから、NTTは、その時は別に「ソフトバンクだから意地悪をしよう」としたのではなく、本当にそう思っていたのでしょう。米国のベルサウス等と並び、世界で最も先進的な光通信の信奉者であったNTTが、ADSLが大嫌いだったのはよく知られていた事実で、機器メーカーの間では、「NTTの前でADSLのことを一言でも言ったら、即刻担当から外されるぞ」という話が、まことしやかに囁かれていた程です。

以前にも一度申し上げたことがあるかと思いますが、私も光通信の信奉者であることは人後に落ちず、その理由もNTTの方々と大体同じで、「技術の流れは押し止めることは出来ない。全ての交換網がやがてはIP網に変わるように、また、全てのアナログTVがやがてはデジタルTVに変わるように、全てのメタル回線はやがては光回線に変わる」と思っていたからです。

ですから、2001年に、ソフトバンクが「過渡的な技術に過ぎない」ADSLに賭けて勝負に出た時には、当時はまだ孫さんをあまり存じ上げなかったにも関わらず、「10年間もつかなあ?」と密かに心配した程でした。

私の光通信信奉は1993年頃に遡ります。当時の私は、伊藤忠の通信事業部長として、タイムワーナー、USウエスト、東芝と合弁で、後にJACOMと合併することになるTITUSという日本第2位のケーブルTV会社の立ち上げに奔走していました。

また、当時の私は、一方では「直接衛星放送」のコンセプトにも夢中で、後のスカパーのビジネスモデルを一人で考えていたところでしたから、「ケーブルTVが衛星に対抗する為には、双方向でなければならず、電話やインターネットを包含した『トリプルプレイ』を狙わなければ駄目だ」と考えていました。従って、「NTTが電話回線を光回線に張り変えてきたら、とても太刀打ちできない」とも考え、本気でそれを恐れていました。

ケーブルTV事業は、都市部では「難視聴対策」に、地方部では「地域外再送信」に助けられましたが、決して容易な仕事ではなく、特にマンションへの売り込みには苦労していました。建物の中にケーブルを引き込み、各戸までくまなく配線するためには、理事会にお願いして、住民の何割かの賛成を取ってもらわなければならなかったからです。

これに対して、全てのマンションに電話線を敷設済みのNTTなら、「現在の銅線を新しい光回線に張り変えます。今の電話機のままでよい人は何も変わりません。新しい映像サービスなどを希望される方は、追加料金で色々なサービスが受けられます」と言って営業すれば、「古くなった水道の鉄管を新しい素材の管に変えます」と言うのと同じで、誰も反対しないでしょう。また、実際の工事に当たっては、既存の管路をそのまま使い、新しい光ケーブルでこれまでの銅線を押し出していくだけでよいので、全てが簡単かつ安価に出来ます。

実際には、その頃には、光ファイバーのコストも未だ高かったこともあり、また、NTTは放送事業分野に手を出すことを固く禁じられていましたから、私の心配は杞憂に過ぎませんでした。しかし、今は事情が少し違うでしょう。

一方で、光通信システムのコスト問題についても、私は独自の考えを持っていました。光ファイバー自体のコストは、当時でも既に相当下がっていたのですが、世界的に生産規模は未だ小さく、それよりも、光信号を電気信号に変換するチップが、まだ相当に高くついていましたから、私は、「そこにメスを入れなければ、光通信の普及は早まらないだろう」と考えていたのです。

ちょうど今から10年以上も前の、1998年頃の事だったと思いますが、当時の郵政省の金沢政策局長(その後NTTの副社長に転出)のご発案で、米国で急成長している情報通信技術関連会社(マイクロソフト、インテル、HP、オラクル、サンマイクロ、クアルコム等8社)と郵政省の情報交換を兼ねた朝食会が定期的に開かれていました。

マイクロソフトの古河さんとオラクルの佐野さんが、居並ぶ郵政省の高官の前で大激論をするなど、それはそれで面白く有意義だったのですが、二年近く続いたこの会が終りに近づいた頃、郵政省の方から、「皆さんは外資系にお勤めですが、日本の国際競争力を上げる為に、何か国としてやるべきことがあるとすれば、それは何かをアドバイスして頂けませんか」というご下問がありました。

その時、クアルコムの日本法人の社長だった私は、自分の仕事には全く関係のないことではありましたが、下記のように自分の持論を申し述べたことを憶えています。

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日本の通信技術と製品で、今からでもなお世界のトップを走れる可能性があると思われるのは、「光通信」分野しかないように思う。

NTTが、今、思い切って、2001年頃から2006年頃までの5年間で、2000万回線程度の光のアクセス回線を一気に敷設することを発表し、入札にかけたらどうだろうか? 

この巨大な発注を独占出来る可能性があることを知ったら、世界の半導体メーカーは思い切った開発資金を投入して、関連チップを現在の10分の1に近い値段で納入できる体制をつくり、そういう値段で入札してくるだろう。(チップの値段は、大雑把に言えば、開発費を数量で割ったもの。)

その中で、地元企業である日本メーカーは優位に立てる可能性があるし、これをバネにして、一気に世界のトップメーカーに躍り出ることも出来るだろう。一方、NTTは、これを機に、ATM交換機をバイパスして一気にネットワークのIP化を推進すれば、これまた世界の通信事業者のリーダーになれるだろう。

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当然のことながら、こういう話は、みんな面白がって聞いてくれ、頷いてもくれますが、誰も実行しようとはしてくれません。従って、光通信の世界では、実際には、「びっくりするような事」は何も起こりませんでした。

インターネットの利活用が着実に拡大していく中で、「10年以上も唯ひたすらに『光』を待ち続けて、『ISDN』で我慢してくれるような人」は誰もいませんから、結局は、NTTの思惑とも、私のこの「夢の提案」とも裏腹に、日本でもADSLが極めて重要な「過渡的な役割」を果たすことになり、社運を賭けてこれにチャレンジした孫さんは、日本を世界有数のインターネット大国に押し上げることに大きく貢献しました。

その後、孫さんは、これを梃子にモバイル通信に進出、巡り巡って、私も孫さんの会社に勤めることになりました。そして今、孫さんは国家プロジェクトとしての「光の道」の実現に夢を膨らませ、私はその手助けをしています。その一方で、あれだけ「光最終兵器論」を唱えていたNTTが、何故か消極的な姿勢に終始しています。何とも不思議な「世の中の変遷」と言うしかありません。

余談ですが、今から5年前の或る日、クアルコムのポール・ジェイコブス(CEO)は、孫さんとのミーティングの後で、「お前の考え方は孫さんに似ているが、彼は日本を代表する大事業家になり、お前はシガないクアルコムジャパンの社長。どうして?」と言って、私を冷やかしました。

この厳しい突っ込みに、私は、「長い間サラリーマンをやりすぎた。ガッツがなかった。そして、今は既に年老い、所詮は傍観者に近い立場。理論には隙がないので、見通しはよく当たる方だけどね」と言って、苦笑するしかありませんでした。

<追記>

今回は、「昔話」をご披露しましたので、「これからは高速無線技術の時代で、光通信網などに拘るのは時代遅れ」等と言っている「技術的素養に乏しく、計算に弱い人達」が、また何か言うのではないかと懸念し、何度も同じ事の繰り返しになりますが、もう一度「有線と無線の関係」を解説しておきます。

1)世の中の通信システムは、衛星通信を除き、全て有線と無線の組み合わせ。
2)大セル方式のモバイル無線システム(3G 、4G、WiMAX等)は、「移動体」等のあらゆる環境に対応し、広域をカバーするシームレス通信には最適だが、技術的には既に「シャノンの法則」の飽和点に近づいており、「大容量データ通信のニーズ」のこれからの飛躍的な増大には応えられない。
3)従って、大容量のデータ通信需要に応える為には、セルを小さくし、無線部分も「ハンドオーバーより高速性を重視した方式」を採用すべき。(データ通信の場合は、ハンドオーバーがうまくいかなくても、セッションをキープしておいて繋ぎ直せば、ユーザーには殆ど迷惑はかけない。これに最も適しているのはWiFi。)
4)セルを小さくしていくという事は、有線部分が多くなる事を意味する。余程の過疎地でない限りは、各戸までは有線できて、最後の10-20メートル程度を無線で繋ぐのが望ましい。
5)次世代WiFiのスピードをサポートする為には、ADSLでは無理で、ここ数十年を考える限りは、「光通信システム」しか考えられない。
6)白紙から光通信網を建設するならともかく、既に存在しているメタル回線の管路をそのまま利用して、単純に「メタルを光に張り替える」だけなら、コストは無線システムより相当安くつくと思われる。
7)大きなセルの中に住民が数人といった全くの過疎地なら、モバイル用に建設された無線システムを活用することでも何とかニーズに応えられるだろうし、その方が安く出来るだろうから、その場合は光への張替えを敢えて行なわないでもよいかもしれない。しかし、少しでもメタル回線が「まだら模様」で残ると、二つのシステムを並行して保守することが必要となり、結局保守コストが高くなると思われる。要するに全てを計算して、安くつくほうを選べばよいというだけのこと。
8)最先端のモバイル通信システムでは、基地局間で常時データを高速で交換していることが望ましく、基地局間を結ぶ光回線は、この観点からも必須。

因みに、私は、世界の無線通信技術開発の最高峰と目されるクアルコムで、1996年から2006年まで、10年近く仕事をしました。1999年頃から、上記の考えをベースに「光 + WiFi」の必要性を訴え、Athelos等のWiFiチップ会社を買収することを提案してきましたが、理解は得られませんでした。しかし、最近では、この事は殆どの人達の間で常識になっています。

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