戦争って意外と簡単にはじまるかも

2010年09月30日 02:01

9月7日に海上保安庁の巡視船に中国漁船が衝突した。衝突は故意で悪質だということから海上保安庁は船長を公務執行妨害で逮捕した。それから中国政府の猛抗議がはじまる。尖閣諸島は中国領土であり、そこで日本の国内法が適用され逮捕されるなど言語道断だというのだ。その後、中国政府の圧力はどんどんエスカレートし、中国政府高官の日本への渡航中止、日本への旅行の自粛要請、レアアースの日本への輸出制限などの制裁が矢継ぎ早に実施された。結局、逮捕された船長は日本国政府の超法規的な処置により開放され、中国政府のチャーター機で返された。この船長は中国では英雄のごとくあつかわれたという。


この間、テレビや新聞、そしてインターネットを通しておびただしい数の情報が流され、様々な識者が意見を述べた。しかし筆者が特におどろき、そしてまたある種の戦慄を覚えたのは、筆者のツイッターのタイムラインを通して垣間見えた、人々の異様な興奮だった。普段は功利主義で冷静な人々が口々にナショナリズムを訴え、中国政府の横暴を罵倒し、日本国政府の弱腰の姿勢に義憤を爆発させていた。最近、筆者がツイッターからこれに似た雰囲気を感じたのはサッカーのワールドカップの時だ。誰もが日本代表の予想外の活躍に興奮し、相手チームを打ち負かすべく応援していた。タイムラインがいつもの何倍のスピードで流れていた。敵を打ち倒すべく日本代表に声援を送っていた。そして今回の尖閣諸島の事件で、筆者のタイムラインの中で日本人がみな同じように中国政府を罵り、日本国政府を激しく叱責していたのだ。すごい熱気だった。まるで自国のチームがワールドカップの決勝戦を戦っているみたいに。あの時、中国政府の行動がさらにエスカレートして国境線の曖昧な部分で銃撃戦にでもなって多くの死傷者が出るようなことがあったらどうなっていただろう。間違いなく多くの日本人が、そして中国人が「報復」することを支持したと思う。それも熱狂的に。

男の子はみんな戦争が大好き

筆者は子供の頃、段ボール箱や空き缶、新聞紙等を使っていろいろなものを作る遊びが好きだった。今思い出すとそこで友達と作っていたものはどれも戦争に関係するものばかりだった。段ボール箱で敵の攻撃から身を守るための小さな要塞を作り、新聞紙を丸めて棍棒を作り、竹ひごを使って弓矢を作った。それで近所の子供と戦争ごっこをした。当時人気のあったアニメも全て戦争がテーマだった。ドラゴンボール、北斗の拳、機動戦士ガンダム。どれも力と力がぶつかり合い、凄惨な殺し合いが行われるものばかりだ。

小学校の高学年になると筆者たちは拳銃に大きな興味を持つようになった。最初は駄菓子屋に売っていた銀玉鉄砲で遊んでいたのだけれど、仲間のひとりが成人しか買えない強力なエアガンを小学生に売ってくれるおもちゃ屋をみつけた。そして筆者たちはお小遣いを貯めてみなエアガンを買った。窓ガラスが簡単に割れるほどの強力なものだったし、分厚い少年ジャンプの半分ぐらいまで簡単に貫通した。そして筆者たちは公園にあつまり、銃撃戦をした。BB弾が当たると激痛が走り、かなりのケガをしたが、それでも何度も「銃撃戦ごっこ」は行われた。痛みよりもこの危険な遊びによる興奮の方がはるかに勝ったのだ。この馬鹿げた遊びが終わったのは不審に思った公園の近くの住人が警察に通報し、仲間のひとりが補導された時だった。しばらくしてそのおもちゃ屋のオーナーが逮捕されたというニュースが新聞に載った。今思えば誰ひとりとして大きなケガをせずにすんで本当に幸運だったと思う。

要するに男の子の遊びというのはどれも戦争に結びついたものばかりだということだ。おそらく我々の先祖は血縁者を中心とする部族単位で暮らしており、異なる部族同士の殺し合いは頻繁に行われていたのだ。そういう世界でいい武器を作る人が部族にいたり、普段から戦闘に備えて訓練をしている部族は生存確率が高まるだろう。このようにして子供がおもちゃの武器を作り戦争をまねるような遊びに熱中するという性質が遺伝子に刻み込まれていったのかもしれない。

人間に近い種族だといわれているチンパンジーのグループは実際にこういう生活をしており、群れからはぐれたオスが他のチンパンジーの群れにみつかると虐殺され、その肉は食われる。また別の群れを襲いメス以外を皆殺しにすることもよくあるという。また群れの内部での政治闘争も凄まじく、チンパンジーというのは人間の醜い部分を凝縮したようなサルなのである。

いうまでもなく人類の歴史はおびただしい数の戦争の連続だった。第2次世界大戦後は核兵器が現れたので大きな戦争はなくなった。巨大な破壊力を持つ核兵器を保有しあうことで、お互いに大きな抑止力が働いたのだ。こんなに長い間、平和が続くということは人類の歴史の中でとてもまれな出来事だったのかもしれない。しかし人類の血の中に流れている夥しい数の戦争の記憶は消えることはないだろう。我々は皆、ある時は仲間を見捨てて逃走したり、ある時は弱い相手を虐殺したりして生き残ってきたご先祖様の血を引いているのだから。ほとんどの人はそんなことは気にもとめないだろうけど。

幸せは相対的、希望は戦争

論座というかたい言論誌で赤木智弘が書いた「希望は戦争」という論文が社会に衝撃を与えた。

戦争は悲惨だ。しかし、その悲惨さは「持つ者が何かを失う」から悲惨なのであって、「何も持っていない」私からすれば、戦争は悲惨でも何でもなく、むしろチャンスとなる。もちろん、戦時においては前線や銃後を問わず、死と隣り合わせではあるものの、それは国民のほぼすべてが同様である。国民全体に降り注ぐ生と死のギャンブルである戦争状態と、一部の弱者だけが屈辱を味わう平和。そのどちらが弱者にとって望ましいかなど、考えるまでもない。持つ者は戦争によってそれを失うことにおびえを抱くが、持たざる者は戦争によって何かを得ることを望む。持つ者と持たざる者がハッキリと分かれ、そこに流動性が存在しない格差社会においては、もはや戦争はタブーではない。それどころか、反戦平和というスローガンこそが、我々を一生貧困の中に押しとどめる「持つ者」の傲慢であると受け止められるのである。
若者を見殺しにする国 私を戦争に向かわせるものは何か、赤木智弘

貧富の格差が社会に大きな不満を蓄積し、それが極端な形で爆発すると戦争が起こるのかもしれない。筆者は常にグローバル資本主義、そして自由市場経済を支持してきた。ヒト・モノ・カネが自由に行き交い世界全体が豊かになっていくからだ。このような世界経済の力強い成長こそが人類を幸せにすると今でも強く信じている。そしてその過程で格差が広がろうとも、底辺のものでさえ世界経済の拡大から恩恵を受け生活水準があがるからだ。そして現実の世界は実際にそのようになった。世界中に安価な食料が溢れかえり、今やアメリカの貧困層の大きな悩みは肥満だ。単調な労働、社会的に承認されない不満、そういったストレスをごまかすために簡単に手に入る快楽である高カロリーのジャンク・フードを食べ続けるのだ。現代では貧困層が肥満に悩むのは豊かなアメリカだけではない。貧困層が肥満になる現象は途上国にまで広がっている。

このグローバル資本主義の世界で競争に敗れたものたちに「それでもあなたはこんなに豊かになった世界のおかげで飢えることなく生きていけます。ジャンクフードを食べたいだけ食べれるぐらいのお金なら稼げますよね」といえばいいのだろうか。彼らはそれでもこの競争社会を本当に心から感謝することができるのだろうか。

実際のところお金よりもはるかに格差がつくものがある。それは人々の承認や尊敬、異性を獲得する能力だ。多くの人の時間が限られており、付き合える人数も限られているから、人々が承認したり尊敬したりできる全体の総量は限られたものになる。社会動物である人間は誰もが他人に承認されたいという強い欲求を持っている。しかし人が承認できる総量は概ね決まっているのである種のゼロサム・ゲームだ。多くの人から承認される人気者と、誰からも相手にされない落伍者が必然的に作り出される。

異性にしても同じだ。適齢期の女性が自由に男性を選べば、一部の男性に多くの女性の関心が集中する一方で、多くの男性があぶれることになる。精子はほぼ無限に作り出すことができ、女性の卵子が一ヶ月に一個しか作られない貴重な資源であることを考えれば、「原理的」にはわずかな数の男性でほとんどの女性を独占することが可能だ。このような自由恋愛のなかであぶれてしまった男性の不満は、社会を不安定化させる要因になるだろう。

人々の自由意志を尊重する近代国家では、経済的な富の再分配は可能でも、こういった人の承認や異性をめぐる結果の不平等を再分配する方法はない。日本のような豊かな国では誰も餓えていないことを考えると、昨今の格差問題の本質は、金銭的なものではなく、実は後者のことを指しているいるのではないかと筆者は思っている。多分誰も口に出してはいわないだろうけど。

つまり人間の幸福というのは他者との比較による相対的な部分が多く、グローバル資本主義の力で底辺の生活水準の絶対値が底上げされようと、人々の承認や恋人をみつけるという人間の欲望の根源的な部分では不可避的に大きな格差が生じ、構造的に多くの人々が不満をかかえることになる。「希望は戦争」と思っている人は意外と多いかもしれない。自分で自分を殺す人が年間3万人もいるこの国で、その大きな負のエネルギーの向かう方向が外国のひとつの国にたまたま集中してしまったら、どうなるのだろうか。

いつか来た道

経済学は自由貿易が双方にとって利益になると教える。自由貿易を推進することによって確実に全世界の人間の幸せの総量は増加する。しかし自由貿易によって外国の安い製品が入ってくると、自国の労働者が一時的に失業してしまうことがあり得る。確かに自由貿易によって全体の幸せは増加するが、一部の人が不幸になる可能性は依然として存在するのだ。こうした外国製品による失業者は誰の目にもよく見える一方で、自由貿易による恩恵は薄く広くいきわたるので簡単には理解出来ない。選挙に落ちればただの人の政治家にとって、自由貿易を制限する大きな理由があるのだ。保護主義だ。

金融危機以降は自国の特定産業を守るために多くの国が保護主義的な政策に傾いている。また通貨切り下げ合戦ともいえる形相を見せており、日本も6年ぶりに為替介入に踏み切った。こういった各国の政策は世界経済の収縮を助長し、かえって不況を長引かせることは火を見るより明らかだ。そして不況が長引けば長引くほど人々の不満は蓄積される。心ない政治家がその不満を意図的に外国に向けさせるかもしれない。また相手国にとって重要な天然資源の輸出を制限することによって貿易を外交の道具にしようとする動きもある。中国がレアアースの輸出規制に踏み切ったように。もしその報復として日本も何らかの貿易を規制したとしたら、まるで第2次世界大戦のきっかけになった「ブロック経済政策」のはじまりだ。

こうして日中関係が刺々しく対立している時、となりの北朝鮮では27歳の金ジョンウンが「王国」を引き継ぐという。彼はスイスに留学経験もあり戦争ゲームが好きなそうだ。

実は戦争というのはちょっとしたきっかけで思いのほか簡単にはじまってしまうのかもしれない。どうやったらこんな馬鹿なことをやめさせることができるのか、そしてグローバル資本主義、自由市場経済という人類に与えられた幸福のための最強の仕組み、それでいて政府の正しい保護を必要とするガラス細工のように脆い仕組みをどうやったら守れるのか、筆者は真剣に思い悩んでいる。

参考資料
あなたのなかのサル―霊長類学者が明かす「人間らしさ」の起源、フランス・ドゥヴァール
ルポ 貧困大国アメリカ、堤未果
セイヴィング キャピタリズム、ラグラム・ラジャン、ルイジ・ジンガレス
金ジョンウンは�眷小平になれるか、Newsweek

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