ネット生保立ち上げ秘話(28)ハトが選ぶ生命保険

2010年10月19日 21:39

ハトが選ぶ生命保険

「今回ばかりは、不安やなぁ」

いつもは自身の判断にゆるぎない自信を持つ出口が、珍しく弱音を吐いた。

テレビ東京「ワールドビジネスサテライト」に大きく取り上げられたことで契約数が順調に推移していた2009年7月末。業績だけ見る限り、懸念事項は見当たらなそうだった。

出口の心配の種は、少し前にマーケティング部の若手に駆り出されて自ら参加した、とあるウェブ媒体の企画だった。


その名も、「ハトが選んだ生命保険に入る」。若いウェブユーザーの間で熱狂的な人気を誇る、林雄二氏というライターの方が、所属するニフティの事業の一環として手掛けている「デイリーポータルZ」というウェブサイト上で、「自分が加入する生命保険の金額を多摩川の河原でハトに選ばせる」という企画を思い付き、ライフネットに協力依頼が来た。

普通であれば若い担当者が立ち会って終わるのだろうが、どういう訳だか社長の出口が全面的に参加することになったのである。このことには、当の林氏も驚きを隠せなかったようで、次のように述べている。

「河原で・ハトに・生命保険の金額を決めてもらう企画に社長が来てしまった。ちなみにこの日の最高気温は33度。確かに担当者に『あのさぁ、写真が面白くなるから保険会社の人呼んでくれない?』とは言ったが、社長まで呼んでしまうとは予想外である。そういう政治力は別の機会に発揮して欲しい。」

このちょっとおバカな企画に出口は全力でお付き合いし、林氏もいつもに増して鋭い笑いの切り口で見事な記事を書き上げた。しかし、金融機関の社長がこのような企画に出演することがどのように受け入れられるかは、蓋を開けてみないと分からなかった。

記事が開封された7月24日。すぐにこの心配が杞憂であることが判明した。記事には多くの「面白い」という賞賛の声が寄せられ、はてなブックマークは200を超える若いネットユーザーの共感を集めていることを表した。

「暑さに耐えてよく頑張った。感動した!」

「歴史あり伝統あり有名人を広告に起用する費用ありの企業にはとても真似できないゲリラ的PR手法」

「全てがパーフェクト!(笑)ちくしょう、ライフネットの事を調べたくなったじゃないか。」

出口を古くから知る大手生保出身者は、別の観点から今回の企画に驚いていた。

「あのプライド高い日生マンの出口さんがあそこまで体を張ってやるとは・・ライフネットに残りの人生の全てを賭けているという、ある種の凄みを感じました。」

ライフネットのHPへのアクセスも大幅に増え、どのネット広告よりも多い申込者数を確保することができた。

もっとも、本件は単なるお笑い企画がまぐれで当たったという以上の意味があった。ネットで盛り上がっただけではなく、実際の契約獲得に繋がったのだ。これまでのネット広告では実現できなかった規模で。

これはマーケティング戦略上、どのような意味を持っているのか?

思うに、現代の情報過多の時代、そして豊かになってモノがあふれる社会においては、多くの消費者は純粋に性能や価格だけでは購入する商品を選ばなくなっている。それらに加えて、自分と社会との関わり方といった意味合いや文脈、あるいは一つの物語を求めるようになっている。自分が当該商品を購入することが社会にどのような影響を及ぼすか、あるいは生産者とどのように繋がるか、といったプラスアルファの要素も重要な選定基準になっている。スーパーに行くと生産者のメッセージが写真と合わせて掲載され、環境に優しい製品がプレミアム価格をつけて競争力を持つ。

出口が体を張って河川敷で保険選びのお手伝いをしている様子に、多くの読者は社会を変革せんとする挑戦者の体当たりの姿を見て共感してくれたのではないだろうか。そして、価格差よりも理念や物語を伝えて行くというスタンスはその後のマーケティング活動の柱となった。

「禁じ手」テレビ広告に挑戦

この時期には一つ、新たな取り組みを開始した。地方局でテレビCMを実験的にやり始めたのである。

正直言ってテレビCMはリーチこそ圧倒的に広いものの、投資費用対効果という視点からは割と合わず、ライフネットのビジネスモデルには馴染まないものと考えていた。開業前に意見交換をしたことのあるダイレクト損保の担当者は、最初の3年間、毎年数十億円をテレビCMに投下したが殆ど効果が見られなかったと嘆いていた。

しかし、2008年秋のリーマン・ショック以後、世界経済が大きな打撃を受けた影響で、テレビ局と広告市場を取り巻く環境は大きく変化していた。従来、ビッグスポンサーであった自動車メーカーやエレクトロニクス企業は、費用対効果がすぐに見えない出稿を抑制し始めた。新たな広告主として浮上していた消費者金融会社の存在感も陰り、保険会社も一部の外資がサブプライム危機で本国が経営難に陥っていた。このトレンドは、2つの意味で追い風だった。

まず、テレビ広告の単価が好調時と比べて大幅に下がっていた。諸条件を勘案すると、地方局で言えば実質的な単価は数分の一以下になっていた。同時に、景気が低迷し、将来の見通しが不透明になるに連れて、ライフネットのような低コストの「デフレ型商品」への関心が高まっていたことも、広告に対するレスボンス率の向上と獲得単価の引き下げに繋がるものだった。

そこで、地方の一つの県でパイロット実験として、テレビ広告を出稿してみることにした。これに対しては、「ライフネットはテレビ広告などやらないところが好きだったのに、残念だ。」というネガティブな反応も予測できた。しかし我々の理念は「テレビ広告をやらない」ということではなく、生命保険の営業手法を効率化することで保険料を引き下げ、その果実を消費者に還元する、ということである。その目的を実現するために有効に活用できるのであれば、特段テレビ広告を選択肢から外すべき理由もなかった。

あくまで、試験的に一つの県でテレビCMを流してみて、緻密にその効果測定を行うことでその後の施策を考えようという判断になった。通常、テレビCMは全国規模で実施されるため、売上増がテレビの効果かそれ以外の施策の影響か、効果を測定するのが困難である。この点、我々のように一つの県単位で行うことで、明確に「使用前」「使用後」を測定することができ、無駄な出費を防ぐことができた。

まず、クリエイティブの製作に取り掛かった。有名タレントを起用したイメージ広告では、我々の目的を達成し得ない。ネット生保の一番の訴求ポイントである価格優位性をいかにして説得的にブランドイメージを損なわずに、15秒という極めて限られた時間内で伝えるか。出来上がったCMを論評するのは容易なことだが、何もないところから有を生み出すのは一筋縄ではいかない。

ブレイクスルーは、開業前からお世話になっているクリエイティブディレクターの方の提案にあった。

「ブラウン・モーニング・レポートのようなCMを作りませんか?」

「えっ?」

「ほら、朝に道行くサラリーマンにブラウンのひげ剃りを渡してひげを剃ってもらう。すると、朝に自分で剃ってきたはずなのに、その剃り味にびっくりして、トントンと剃れたひげを落として見せてもらう。あれと似せたフォーマットです。」

「なるほど」

「僕らが安いといくら主張しても、現代の消費者はそれだけでは信用してアクションを取ってくれないんです。だから、ノートパソコンを持って街に出かけて、実際に素人の方にその場で見積もりをしてもらう。その生の表情、やらせでない驚きを、消費者は必ず直感で感じ取ります。タレントを使わない手作りの感じも、ライフネットのイメージに合っていますので」

かくして、テレビCMの内容は固まった。ロケ地としては、最初に放映するご当地として、博多天神の橋の上を選んだ。福岡を選んだのは人口規模、ネット普及率、その他の面においても我々がターゲットとする顧客層と市場を平均的に現していると考えられたからである。

テレビCMを流し始めて直ぐには、効果は見られなかった。しかし、数週間経つと、福岡からウェブサイトへのアクセス、そして資料請求者は確実に増えていた。しかし、申込者の数はそこまでは伸びていない。あとは、彼らのうちどれだけの方に最終的な申し込みをしていただけるかで、最終的な広告の投資対効果が決まるのだった。

「大丈夫です。信じてください」

マーケティング部は、終始確信に満ちていた。そして、1ヶ月、2ヶ月と経過すると、彼らの言葉通り、申し込みは増えていった。そろそろ効果が落ち始めたかな、と思った時点で計測してみると、数字は、十分に出ていた。テレビCMは、十分に採算が取れたのである。

これは、我々にとっては大きな発見だった。コスト効率がいい、すなわちお客様に必ずしも大きな保険料負担を強いずに認知を加速させるための新しい選択肢を手に入れたのである。

(つづく)

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岩瀬 大輔
ライフネット生命保険代表取締役社長

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