デフレ脱却のために相続税の大幅引上げを-知民由之

2010年10月21日 12:39

経済学にはリカードの中立命題という概念がある。それが、どうも、日本については成立してしまったようなのである。
すなわち、政府債務があまりにも膨張してしまったため、将来何れかの時点で増税か社会保障の削減は避けて通れないと国民が確信してしまった結果、もはや、政府がどの様な財政政策を打とうが、国民は将来のために借金を減らし貯金を増やすことしかしなくなってしまったのである。

したがって、政府の経済政策の自由度を取り戻すためにも、また、日本をリカードの中立命題の呪縛から解き放つためにも、とうとう日本は、本気で政府債務を削減しなければならない状況に追い込まれてしまったのである。


現時点でデフレの要因として最も異論の少ない説は、日本の実質金利の高さであり、すなわちゼロ金利制約であり、現在、最も米国が警戒している状況である。
これに直球勝負で挑むとすると、深尾光洋先生のおっしゃるように金融資産課税と現金課税の組み合わせであるが、とにかく現金課税が技術的に極めて困難であり、現段階では研究の域であり、採用することは出来ない。

従って、デフレに対処するためには、変化球で勝負するしか方法が無く、大きく曲がる玉から打者の手元でわずかに変化する玉まで球種は一気に多様化し、議論は紛糾し、かみ合わなくなる。

そのリスクを覚悟の上で、筆者が提言するデフレ脱却の唯一可能と思われる方法論が金融資産(円現金同等物)に対する相続税の大幅引上げである。

現在60歳以上の老人世帯は1ヵ月当たり平均的に5.4万円の赤字(総務省:家計調査)となっており、常にあと何年生きられるかは分からないので30年分くらいの生活費として2千万円くらい(5.4万円×12ヵ月×30年)の蓄えは必要であり、これをどうこうすることは出来ない。そして、今後の老人世帯の増加に伴い、国民の蓄えが増加してゆくこともどうすることも出来ないし、敢えて、これを制限することは好ましくない。

問題は、長引く資産デフレによって、この蓄えのほとんどが、現金・預貯金・生命保険・国債といった、実質的に元本保証、それも生命保険以外は、政府保証がついた、金融資産(円現金同等物)に偏在していることである。

政府債務のほとんどは、この国民の円現金同等物資産によって担保されており、したがって、国民が蓄えを増やせば増やすほど政府債務は膨らむ宿命にあるが、だからといって、しょうがないとは言っていられないほど政府債務が膨張してしまったのである。
この問題を解決するには、ご老人世帯の資産を、円現金同等物から元本保証の無い不動産・株式・外貨資産に異動させるしかなく、これを、経済にダメージを与えずに、さらに、ご老人が納得できる方策で実施するしかないのである。

これを可能にする唯一の方法が、円現金同等物に対する相続税の大幅引上げであり、これが実現すれば、日本の資産デフレに歯止めがかかり、株高、円安になり、日本経済は劇的に改善するとともに、所得税・法人税・不動産税のチャネルを通して、財政収支も劇的に改善し、現在日本が抱えている諸問題に、一気に解決の糸口を見つけることが出来ると考えられる。

もちろん、資産効果、将来不安の減退を通して名目GDPは劇的な上昇になることが予想され、現在考えうる、唯一無二のデフレ解消法である。

相続税は、円現金同等物については基礎控除無しの50%の税率を課すことを柱として、次のように改正する。

【相続税の改正案(骨子)】
1.定義
円現金同等物:相続財産の内、現金、預貯金、債券、ならびに、それに類似する生命保険契約、投資信託契約等を、円現金同等物と呼ぶ
準現金同等物:相続財産の内、外貨建ての現金、預貯金、債券、ならびに、内国商品現物型ETFの対象となる商品(注:貴金属等が該当)を、準現金同等物と呼ぶ

相続現金同等物:相続財産の内、円現金同等物ならびに準現金同等物のことを、相続現金同等物と呼ぶ

2.税率ならびに法定相続割合
 円現金同等物に対する相続税率は50%、準現金同等物に対する相続税率は20%とし、相続現金同等物の各法定相続人に対する相続割合は従前通りとする。

3.相続税額の計算
相続現金同等物に対する相続税は、他の相続財産とは分離して計算する。
相続現金同等物の課税対象に対する基礎控除は設けない。
税額は前項の相続税率により計算したものから、配偶者に対する法定相続割合分を控除したものとする。

4.相続現金同等物以外の相続財産に対する相続税
相続現金同等物以外の残余相続財産に対する相続税の課税については、従前通りとする。(不動産、上場・非上場株式等が該当する)

現在課税対象割合4.2%、税額1.2兆円でしかない相続税(財務省:相続税の課税状況の推移)は、この改正によって、老人の資産に異動が生じなければ、課税対象割合100%、税額7兆円程度に増加し、一見老人いじめにも見えるが、当座に必要な現金以外は、不動産・株式等に異動すれば相続税はさほど増えず、また、相続税の増税は経済に対してダメージを与えることがない。

政府は、扶養控除の廃止による子供手当ての創設に代表されるペイ・アズ・ユー・ゴー・ルールに縛られ、近々まとまるであろう法人税率の引き下げについても、法人税の課税ベースの見直しを財源としての、法人税率の引き下げに帰着すると予想する向きが多く、もはや、経済政策の自由度は全く奪われたといっても過言ではなく、すなわち、死に体となっており、消費税増税に最後の望みを託しているようであるが、消費税増税は経済に与えるダメージが大きすぎるため、確実に財政を悪化させるとともに、消費税をどれだけ上げようが、国民がリカードの中立命題から来る将来予測を変化させることは決してないため、政府債務の削減にたどり着くことは絶望的である。

このままでは、将来世代は、永遠に政府債務の重荷に苦しむことになり、経済的理由からの自殺者は減らず、経済困窮者に対する社会保障は増加するばかりで、間違いなく徐々に日本社会は荒廃してゆく。

相続税引上げは、海江田万里・経済財政担当相も閣僚になる前に主張していた政策でもあり、是非、今回の税制調査会において検討対象となることを切に願うものである。
(知民由之 機関投資家/リスク管理責任者)

アゴラの最新ニュース情報を、いいねしてチェックしよう!

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑