「光の道」構想は、実はNTTの株主にとって朗報だ。

2010年11月18日 09:00

「光の道」の議論の中でよく出てくる話は、「こんな構想が実現したらNTT株が暴落する」とか、「国がNTTの構造分離を押し進めたら、NTT株主の財産権が犯される」といった議論です。しかし、「何故、NTTの構造分離や資本分離によってNTTの株は下がり、株主の財産権が犯されるのか」という説明は一度も聞いたことがありません。

こういうことを言うアナリストや批評家は、もしそこに理論的根拠があったのであれば、それを詳細に説明するのが普通でしょう。(そうでなければ、流言飛語と批判されても止むを得ないからです。)にもかかわらず、実際には、彼等は言いっ放しで、一向に突っ込んだ議論はしていません。


実はこういう話は今に始まったことではなく、10-20年前にもあったのです。(ですから、当時のことを今も鮮明に覚えている私には、まるでデジャビュのように感じられます。)

多くの場合、こういう動きの背景には、「とにかく構造分離や資本分離は絶対に嫌だ」と考えているNTTの経営幹部の姿が見え隠れするので、私には、最近のこういう話の出所も、実は同じなのではないかと思えてしまうのです。

ですから、私は、ここで、敢えて15年近く前に起った事を掘り返し、議論を深めてみようと思います。長文で且つ面倒な数字を含んだ記事になってしまいましたが、是非とも我慢して最後までお付き合い下さい。

1990年代の後半におけるNTT分割論議での攻防において、NTTは「研究開発部門の維持」に最も腐心しましたが、全体を通してみると、反対論者の最大の関心事は「株主権の保護」でした。NTTの宮津社長(当時)も、持株会社案が固まった時には、「これによって、分割反対の最大の理由だった株主権保護の問題が克服できた」とコメントしています。

それでは、これによって克服出来たとされた「株主権保護」の問題は、実際にはどうなったのかを、ドコモの株主とNTT(持株会社)の株主の立場から、今回改めて検証してみましょう。

1987年に上場されたNTTの株式は、当初は318万円の最高値をつけたものの、その後急落、NTTの分離・分割を基本的に是とした「電気通信審議会の最終答申」が出された1990年の3月には、116万円まで下落しました。実は、この下落は、「暴落」という性格のものではなく、当初の過大な期待の修正と、当時の株価全体の下落に連動したものに過ぎなかったのですが、当時の大蔵省は、これを「『分離・分割論』が市場の不安心理を誘発した為に起った『暴落』である」と考え、「分離・分割論」に対する懸念を表明、自民党もこれに配慮し、「分離・分割論」は1995年まで、5年間凍結される事になりました。

しかし、現実には、この「5年先送り」は、NTTの株価を支える事には特に役立たず、その後も下落は継続、上述の政治決着が行われる1996年末の時点では、70万円台になっています。

1996年以降は、日本の株式市場全体の好調を反映して、NTTの株価も上昇に転じ、2000年3月末には163万円まで戻しました。株価を1株当りの連結純資産で割ったPBRも、1996年3月末の2.75倍から、4.20倍まで上昇しています。しかし、その後、日経平均は急落、これにほぼ連動する形で、この後のNTTの株価も急落しました。具体的には、2001年3月末には80万円(PBRは1.88倍)、2002年3月末には50万円強(PBRは1.38倍)、その8年半後の2010年9末の株価は、100分割前の金額に換算すると37万円で、PBRは1を切っています。

さて、ここで話を核心に戻し、「持株会社」というものは、株主にとって何だったのだろうかという疑問に、もう一度立ち返ってみたいと思います。

2010年9月末のNTT(持株会社)は、NTT東日本、 NTT西日本、NTTコミュニケーションの株式をそれぞれ100%ずつ持ち、更にNTTドコモの66.4%、NTTデータの54.2%、NTT都市開発の67.3%を所有しています。(その上に、持株会社固有の人員として17人の役員と2,800人強の従業員を擁しています。)そして、このNTT(持株会社)の2010年9月末時点での時価総額が4兆8,958億円なのです。

同時点でのNTTドコモの時価総額は5兆7,416億円ですから、その66.4%は3兆8,124億円、NTTデータの時価総額は7,158億円ですから、その54.2%は3,880億円、NTT都市開発の時価総額は2,521億円ですから、その67.3%は1,697億円、この合計をNTT持株会社の時価総額から差し引くと、NTTコミュニケーション、NTT東・西、及びその他の100%連結子会社の合計時価総額(株主価値の総額)は、5,257億円相当にしかならない事になります。これを持株会社の時価総額で割ると、わずか10.7%強です。

これは、考えてみると驚くべきことです。NTT分割論が議論され、「骨抜き・先送り決着」がなされた1990年代の後半においては、NTTドコモの存在価値などはまだあまり意識されていませんでした。それから10年余りを経過した今、その時点でNTT持株会社の意義の殆どを代表していたと見做されるNTT東・西、及びコミュニケーションの市場価値は、10分の1程度にまで減少し、NTTドコモの市場価値が持株会社の価値の大半を代表している状況になったのです。

この事は、あの時に声を大にして語られていた「株主の権利保護」等という言葉は、実は、殆ど何の意味もなかった事を意味します。そんな事よりも、全く次元の異なる問題が、実はもっと大きな意味を持っていたのです。

その頃は、今をときめく「携帯電話」などは、まったく取るに足らぬ存在でしたから、あの時、「携帯電話については別の独立した企業が行う」と決められ、当時のNTTの株主には、生まれたばかりのNTTドコモの株が、NTTの持ち株比率に応じて無償で交付されていたとしても、誰もそんなことはあまり気にもしなかったでしょう。

しかし、実際には、その事は、当時のNTTの株主にとっては、実に大きな意味を持っていたのです。それ以後のそれぞれの会社の株の売買は、株主の自由に委ねられた訳ですが、殆どの株主は、NTT株の下落で損をしたものの、NTTドコモ株の上昇で大きな利益を得ていただろうと思われます。

それでは、逆に、あの時「見せかけの分割」さえもが行われず、ドコモが巨大なNTTの一部門として残っていたとしたら、どういう状況が生まれていたでしょうか? 

NTT(持株会社)の株主価値は、携帯電話部門を100%持っていることにより、現在よりももう少し大きくなってはいたでしょうが、「NTTドコモ」という「ゼロから出発して急成長した会社」は、全くこの世に存在せず、それがもたらす株主価値も全く創造されなかったのです。それは、個々の株主にとっても、日本の為にも、果たして良かった事だったでしょうか?

「NTT持株会社」と「NTTドコモ」が並列する現在の状況下での両社の合計市場価値と、それが完全に一体として運営されていたと仮定した場合の「NTT持株会社」一社の市場価値を比較すると、恐らくは前者(現状)がはるかに良かった筈だと、私は考えています。それは、後者の場合は、市場がこの巨大なNTTを評価するにあたって、「コングロマリット・ディスカウント」をしていた筈だと考えるからです。

米国の標準的なファイナンス入門書には、「先進国においては、ベンチャー・キャピタル・ファンドのような “Buy, Fix and Sell” 型のものを除いては、コングロマリットのアプローチについては、市場は否定的である」と書かれています。ベルガーとオフェクは、「コングロマリット全体の市場価値は、コングロマリットを形成する各部分の市場価値の合計より、平均して12-15%低く評価されている」としており、その理由としては、「投資家達は、コングロマリットの経営陣が成熟部門に対して負の純現在価値しか持たない投資をして、他の分野における正の純現在価値を有する投資機会を見逃す恐れがあることを懸念している」と述べています。

さて、それでは、「株主を保護する」ということは、本当はどういう事なのでしょうか? それは「株主が正確な情報を得て、自分自身の投資判断を出来るようにする事」である筈です。何故なら、その事さえ保証されていれば、株主は自分の判断で将来の市場価値の上昇或いは下落を推測し、持ち株の売買を行えるからです。

企業の市場価値(株主価値)は、「企業価値」から「純有利子負債」を差し引いたものですが、この「企業価値」を決めるものは、その企業の「将来の継続的な収益力」に対する期待値です。この「収益力」は、通常、現時点でのその企業のEBITDA(償却前、金利及び税金支払い前の営業収益)をベースに、これに一定の「マルチプル(LTM)」を掛け合わせることによって算定されます。

それでは、本論に入る前に、取り敢えず上記の計算方法を使って、NTTグループ各社のLTMを逆算してみましょう。先ず、NTT(持株会社)の「推定企業価値」を、直近の時価総額4兆8,958億円に純有利子負債3兆3,184億円を足し、更にNTTドコモ、NTTデータなどの連結上場子会社少数株主持分を加えて算出してみると、10兆6,390億円になります。これをNTT(持株会社)の直近のEBITDA、3兆1,292億円で割ると、LTMは3.4倍という数字になります。

(ちなみに、同じ手法で計算すると、NTTドコモのLTMは3.8倍であるに対し、持株会社が100%の株式を持つNTT東・西などの企業群のLTMは2.4倍という事になります。)

今、仮に、NTT持株会社から、NTTドコモ、NTTデータ、NTT都市開発の3社が分離されたとしましょう。先ず、分離がなされたその時点では、NTT持株会社の各株主は分離された各社の株式を無償で交付されるので、その合計資産価値は全く毀損されません。

それでは、各社の株価はその後どう動くでしょうか? 先ずドコモなどの3社は、既に固有の市場価値を持っているのですから、すぐには大きく動く事はないでしょう。しかし、その後は、持ち株会社の頸木から開放されて負担がなくなり、自由度が上昇する事を好感されて、株価は恐らく徐々に上昇すると思います。

一方、分離後の新NTT(取り敢えずは、NTT東、NTT西、NTTコミュニケーションの集合体)の株式も、分離時は2.4倍という低いLTMになっているのですから、コングロマリット・ディスカウントがなくなる分だけ、その後は恐らく上昇するでしょう。

さて、ここまでは、原則論に立ち返って「持株会社の存在は株主の為になっていない」事を論じてきましたが、ここで話を元に戻し、NTT東・西から「アクセス回線部門(0種部門)」を分離することが、株主の為になるかならないかを考えてみましょう。

一般論として、ある企業が分割された場合に、如何にすれば株主の利益が守られるかを考えると、第一に、株主の現時点での持分価値の総和が「この分割によって減少しない」事が保証される事が必要であり、第二に、全体を通しての将来の収益力の期待値(マルチプル)が、「この分割によって増加する事はあっても減少することはない」という事について、納得性のある説明がなされる事が必要です。逆に言うと、これさえなされれば、何も心配することはないという事でもあります。

上記のうち、「第一の問題」は、普通の処理が行われれば自動的に実現するわけですから、重要なのは「第二の問題」、つまり、一にも二にも、「将来の収益性がどうなるのか」という事に尽きるのです。

NTTについて言うなら、全ての判断は、先ず、「株主は下記の三つのことを当然熟知している」という事を前提としてなされなければなりません。(そうでなければ、NTTのIRが正しく機能していない事になってしまいますし、証券会社も責任を果していない事になります。)

1)NTTが公共の利益に反するような形での独占利潤を得る事はない。

2)NTTはNTT法による規制を受けた会社であり、NTT法は国会の議決によって何時でも改定されるものである。

3)国は、現時点でNTTの株式の実質40%を有する筆頭株主である。(33.3%を超える株式を保有することが、現行のNTT法上の国の義務である。)

このうち、1)は当然の事としても、3)は、2)の事実を考えると、少なくとも現時点では、株主にとっては良いニュースであると言えます。何故なら、NTTの筆頭株主である国は、株主にとって有利になるような方向でNTT法を変える事はあっても、株主にとって不利になるような方向に変える事はないだろうと期待出来るからです。

私自身も、個人的にNTTの少数株主の一人ですが、もとより「公共の利益に反するような形での独占利潤」に期待しているわけではありません。そして、「アクセス回線部門(0種部門)の分離は株主にとっては良い事だ」と、昔も今も確信しています。

何故なら、「現時点で赤字運営と報告されている『0種部門』を分離してもらった方が、NTTの残存部門は経営負担が軽減する上に、将来の経営の自由度が上がり、収益力は上がる筈」と思っているからです。(そうでないと主張する人は、その根拠を理論的に説明していただく必要があります。)

従って、NTTの経営陣が、とにかく問答無用で「構造分離」「資本分離」に反対しているのが、私にはどうしても理解出来ませんし、むしろ、このような姿勢が、実は株主の利益を結果的に害することになるのではないかとさえ懸念しているのです。

ところで、「識者」と呼ばれている人達の中には、「NTTの経営者がNTT法の改正による『構造・資本分離』を受け入れたら、『財産権を犯された』として株主から訴訟されるかもしれない」と警告を発している人達もいます。しかし、どう考えてみても、そんな心配は一切ありません。この場合は、経営者は「法律に従う義務」を粛々と果しただけなのですから。

むしろNTTの経営者が心配すべきは、「意味なく『構造・資本分離』に反対し、経営情報を秘匿することによってこれを妨害、結果として株主の利益を害した」として、一部の株主から訴追される事だと思います。考えてみると、これはかなりのリスクであり、情報の開示を怠れば、このリスクは増大するでしょう。

株主の利益を守る事は、経営者にとっても国にとっても重要な事ですが、何が株主の為になるかは、「先入観を持たずに、白紙から考える」必要があります。これが、株主の付託を受けた経営者の「最低限の責務」です。

ところで、数ヶ月目に、米国のアナリストが「分割があればNTTの株は暴落する」と発言したと耳にし、私は驚愕しました。このアナリストとは一体誰なのでしょうか? 具体的なプロとコンの比較もせずに、そんな事を発言したアナリストがいたとすれば、「あまりに勉強不足で無責任」と言わざるを得ませんし、それ以上に、「流言飛語」を流したと見做される恐れすらあります。

(まさか、このアナリストは、「ユーザーの負担の上で成り立つ『独占利潤』をNTTが永久に享受できる」と信じて、NTT株の保有を顧客に薦めてきた訳ではないでしょう。そんな事がもしあったのだとすれば、それこそ大問題です。)

私は、現在はNTTグループと競合するソフトバンクの経営者の端くれですから、その立場からだけ言えば、NTTは「大きすぎるが故に動きの鈍い(弱い)会社」であってくれた方が好都合です。しかし、日本のICT立国を希求する一国民の立場で考える時は、「機動力のある(強い)NTT」の存在を願っています。勿論、「公正である事」が、何れの場合でも必須条件である事は変わりませんが、これが実は私の本当の気持ちなのです。

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