これまでの教育をよりリッチにするもの - 池田順一

2010年11月18日 11:04

まず「デジタル教育」という言葉が誤解を招きやすい。田原総一郎氏のように○か×かという教育かという勘違いを生み出す。そうではなくて、デジタルならではのメリットも利用した教育に転換しましょうということ。ノートがなくなる、黒板がなくなる、教師がいらなくなるなんてことはない。教師がこれまでできなかったことが教科書や教材をデジタル化することによりできるようになったり、採点など時間が取られる業務等の負荷軽減による時間創出の効果も期待できるということ。


○か×かといっても効果的な利用場面もある。いわゆるドリル型の教材は問題の反復演習によい。その子に合ったペースや難易度で取り組むことができるだろう。またこうした小テストのようなものは、デジタル教科書が自動的に採点することにより先生による採点作業時間が削減され、他のことに時間を使うことができる。(もちろん結果は閲覧できる)

デジタルならではの活用法としてもっとも期待されているのがコミュニケーションの促進を狙った授業であろう。これも勘違いされやすいが、ゲーム機などに向き合って黙々としている子供を見ているとコミュニケーションがなくなるのではないかという危惧を持たれる。しかし、授業では活用の仕方によってはコミュニケーションを活性化させるツールとなりえる。たとえば各自の意見を自分のデジタル教科書に書く。それを教師がピックアップし議論の題材として取り上げ、そこからコミュニケーションが生まれる。

あるいは「協働作業」というものもデジタル教科書ならではの使い方でコミュニケーションを創出させるだろう。あるテーマについて3,4人のグループで話し合うときに1つの画面を共有し通信でお互いに同じ画面に話し合いながら書き込んだりすることもできる。

理科や社会などでは実体験や観察などが重要ではあるが、それらができない点をシミュレーションや動画、アニメなどで補うこともできる。

ネットワークを利用すれば、コミュニケーションは地域や他の遠くの地方ともつながる。

これまでの教育をよりリッチなものに変貌させる可能性を秘めたものがデジタルを利用した教育であろう。

(池田順一「みんなのデジタル教科書教育研究会」会員 twitter:@junike)

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