英国在住の家族にいわせると、天下御免のイギリス公共放送、BBC(愛称「Beeb」もしくは「Auntie」、つまりは「おばさん」)も、地上波のレギュラー番組はアホなバラエティーや、リアリティー・ショーなどで致命的白痴化が進んでいるとのこと。

そうした中で、久々のクリーンヒットを飛ばしたのが、製作と脚本を兼ねるヒット・メイカー・コンビ、スティーブ・モファットとマーク・ガティスが組んで、今年の7月から第1シリーズ、3エピソードを一挙放送した「シャーロック」だったそうです。

(↓BBCの予告編)
この「シャーロック」、もちろんコナン・ドイル原作のシャーロック・ホームズを下敷きにした、無数の映画やテレビ・ドラマの末席に連なる最新作なのですが、今回のミソは物語の舞台を現代に置き換えたところ。

シャーロック・ホームズといえば、当然のようにヴィクトリア/エドワード朝、大英帝国最盛期のロンドンを舞台として、霧深いロンドンの石畳の上を靴音高く歩き回り、その身なりと言えば鹿撃ち帽(ディアストーカー)にパイプをくゆらせるというもの。

しかし今回の制作者たちは、そうした大道具/小道具を取り去ったところで、ストーリーの本質であるシャーロックと相棒のジョン・ワトソン医師の人間関係を中心に据え、かつ原作の各エピソードのアップデートに成功しています。

そうしたわけで、今回のシャーロックはドルチェ・エ・ガッバーナのタイトなシャツに細身のジャケットを着こなし、ベルスタッフのロングコートを身にまとうという出で立ち。

「近頃はロンドン市内でタバコなんか吸えないからな。」

と、うそぶきながら、腕にニコチンパッチ3個はり付けて、思索に耽るという設定。(さすがにこのテレビ・シリーズで、原作にあるコカインの7%溶液注射はやらないでしょう。)

相棒のワトソン君は、アフガニスタンで負傷した軍医という原作の設定が、そのまま現代でも通用するわけで、制作者側も、イギリス人視聴者側も、

「オレたちの国...いったい何やってんねん...」

と、頭を掻いているわけですが、ホームズとの冒険の記録を雑誌に投稿するではなく、ブログ( http://www.johnwatsonblog.co.uk/ )に発表するという形をとることで、現代化に成功。いやはや、上手いもんです、モファットとガティスのコンビ。

私も中学生の頃に原作を熟読し、自称シャーロッキアンを気どっておりましたので、今年の夏にイギリスに立ち寄った折に、断片をみて以来、大いに気に入り、今回第1シリーズのDVD発売とともに早速購入し、家でリピートしてみています。8歳のセガレも、お子ちゃまブレザーを着ながら鏡に向かい、

「名前はシャーロック・ホームズ。住所は221Bベイカー・ストリート。」

という決めゼリフを口にしながらなりきっています。

何回も繰り返し観ているうちに、原作と今回のテレビ・シリーズのホームズに共通する、つまり時代を超えて通用するホームズの「いけてる」要素に、いくつか気がついたので、それを以下に書きとめておきます。

1. 情報通である
原作のシャーロックは、当時の再先端情報媒体であったタイムズ紙一面の三行広告を通読することを日課とし、当時の最新通信手段であった電報を多用していました。今回のシャーロックは、ネットはもちろん、スマホを情報源かつ通信手段として自由自在に使いこなします。ちなみに今回第1シリーズを観たかぎりでは、シャーロックはブラックベリー派、ワトソン君はお姉ちゃんのお下がりのiPhoneを愛用している模様。

2. 自分独自の情報ネットワークを持っている
原作ではロンドンの街を徘徊する浮浪児たちを「ベイカー・ストリート・イレギュラーズ」と名付けて使っていましたが、今回のシャーロック君には、ストリート・アーティストやホームレスのネットワークがあるらしい。

3. 孤高である
原作でもスコットランド・ヤードの警察組織をバカにしていましたが、今回はその宮仕えへの軽蔑がお兄さんのマイクロフト君にも波及。

「イギリス政府の秘密情報部に所属しているが、時にはCIAにフリーランスで働いている。」

などとシャーロックに揶揄され、

「また間違った情報をもとに戦争なんか起こすなよ。交通渋滞がひどくなるから。」

などとバカにされています。

4. 友情に厚い
今回の現代版により、時代がかったセッティングが取り払われたところで、あらためてはっきりしたのは、いわゆる「ホームズ・シリーズ」の話はシャーロックとワトソンの友情物語であることです。孤高を保持することで敵を多く作るシャーロックですが、だからこそ自分の数少ない理解者に対する愛情の深さがドラマチックに効いてくるのです。

気が乗らない所属組織へのお義理立てで終わる人生よりも、志を同じくする相棒との冒険に満ちた生き方のほうが、「物語」になるわけですな。

(もっとも、これがおとなりの国、フランスの「メグレ警視」ともなると、所属する組織と主人公との軋轢が「物語」のペーソスとして効いてくるという段取りになるわけですが。)

この現代版「シャーロック」。大好評につき、BBCは来年秋の放映に向けて、新作3エピソードを鋭意製作中とのこと。あまりに長い待ち時間に辛抱たまりませんが、まぁいずこも同じ、慢性的に金めぐりの悪い公共放送組織ですのでしょうがありませんね。

オマケ


オマケ2
アゴラ週末定番の池田さんによる書評コーナーで、

「製造業は日本や中国のような田舎者でもできるが、金融のような高度に知的なゲームはジェントルマンにしかできないのさ――と見えているのかもしれない。」


という一文がありました。

私としてはイギリス人の「本質」は、

「ジェントルマンになりたがっている海賊野郎ども。」

という、一見背反した「動機」と「本性」だと思っています。

その傍証として、ここ数年売れっ子のニーアル・ファーガソン教授による「大英帝国の出自」のご説明を以下に。この2003年製作の教授の著作(*1)をベースにしたテレビシリーズも一見の価値あり。(このころのファーガソン教授、いまよりスコットランド訛りがきつかったような...???)


*1


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