「北欧モデル」は日本に応用できるか - 『スウェーデン・パラドックス』

2010年11月20日 21:45

スウェーデン・パラドックススウェーデン・パラドックス―高福祉・高競争力経済の真実
著者:湯元 健治
日本経済新聞出版社(2010-11-19)
販売元:Amazon.co.jp
★★★★☆


税調の専門家委員長である神野直彦氏は、日本をスウェーデンのような「高福祉・高負担」の国家にするのが理想らしい。菅首相もそれにならって「強い社会保障で強い経済を」などといっているが、それは可能なのだろうか。本書は、その模範とされるスウェーデンの実態を調査したものだ。

北欧の福祉国家というと、のんびりしていても国が面倒をみてくれるというイメージがあるが、本書の紹介する実態はきびしい競争社会である。企業の倒産や労働者の解雇を国が救済することはなく、体力の弱い企業は淘汰されるため生産性も高い。その結果、世界経済フォーラムの国際競争力ランキングでは第2位になった。

「北欧モデル」が注目されるようになったのは、1990年代の金融危機のあとである。日本とほぼ同じ時期に金融バブルが起こって崩壊したスウェーデンでは、GDPの4%以上の公的資金を投入して銀行の資産の22%を国有化して抜本的な再構築を行なった。その結果、94年には3年連続のマイナス成長から回復し、財政再建によって98年には財政黒字に転じた。

スウェーデンの成長率が上がった最大の理由は、産業の中心が製造業からサービス業に変わるのに対応して労働人口の移動を促進したことだ。70年代に造船業や鉄鋼業がアジアとの競争に敗れたあと、代わってエリクソン、イケア、H&Mといった新しい企業が成長し、知識集約型の産業に移行した。産業構造が転換できたのは、解雇が容易である代わりに産業別労組を通じて転職が容易で、それを政府が職業訓練などで支援する積極的労働市場政策をとったためだ。

スウェーデンの国民負担率は64.8%にものぼるが、重税感は少ない。それはアドホックな補助金が少なく所得再分配が中心なので、負担と給付の関係が透明だからである。年金は確定拠出型で、所得の高い人は高い給付を受ける。財源は地方政府に委譲され、税率は地方議会で決められるので、高い税率も自分で選んだものだ。

では、なぜ日本では同じようなことができないのだろうか。最大の違いは、スウェーデンが人口938万人の小国だということだろう。日本でいえば大阪府や神奈川県ぐらいだから、強力な指導者が出てくれば思い切った政策も実行できる。さらに日本でいえば市町村ぐらいの地方政府が強い権限をもっているので、住民の監視が行き届きやすい。日本のように地域間の利害対立が大きいと、思い切った政策はとれない。

そして組織率77%の産業別労組が労働者をサポートしているので、失業を恐れる必要がない。90年代の金融危機で失業率が10%を超えたときも、自殺率は下がった。労使交渉で同一労働・同一賃金が決まるので、効率の悪い企業は賃金を払えなくて淘汰されることが競争的な圧力になっている。日本で18%に低下した労組の組織率を高めることは不可能であり、同一労働・同一賃金を法的に規制することも望ましくない。

残念ながら、日本がスウェーデンを直接まねることはむずかしいが、本書もいうように労働人口を積極的に動かすことによって国際競争力を高め、それをサポートするために社会保障を整備するという考え方には学ぶべきものが多い。首相が「雇用をよくすれば経済がよくなる」などと本末転倒の経済政策を語っているようでは、日本経済は立ち直れない。「強い経済」なしに「強い社会保障」は実現できないのである。

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池田 信夫
アゴラ研究所所長 SBI大学院大学客員教授 学術博士(慶應義塾大学)

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