「したたかさ」と「言い訳症候群」

2010年11月22日 09:04

日本のビジネスマンに欠けているのは「したたかさ」だといつも思うのですが、そのベースには、「言い訳症候群」とも言うべきものがあるように思えます。


つまり、何かがうまくいっていない時に、自分の何処が間違っていたかを考え、それを克服するための「新しいやり方」を考えるのではなく、「他人のせい」にする事によって自分を弁護し、一時の心の安らぎを得ようとする姿勢です。この悪癖が直らない限り、発展途上国の追い上げが一層厳しくなっていく将来において、日本の競争力は更に低下するでしょう。

私が以前勤めていた米国のクアルコム社に関係する事で、これを象徴するような二つの事に遭遇しましたので、今日はその話を披露します。

クアルコムは、今から25年前に7人で始められた会社ですが、第三世代の携帯通信システムの基本特許を握り、これをベースにして短時日で世界最大のファブレス(工場を持たない)半導体メーカーにのし上がりました。

私は一時期この会社の日本法人の社長や本社の上級副社長を勤めましたが、この会社を辞めてソフトバンクに入社してから既に4年以上が経っているので、今更この会社の為に弁ずる立場ではありません。しかし、上記の「言い訳症候群」について語るには絶好の事例なので、古い記憶を辿りながらこの記事を書かせていただく事にします。

つい二年前頃までは飛ぶ鳥を落とす勢いだったKDDI(au)に最近何となく元気がありません。私は、その原因は、「安定性」をモットーにするドコモに対抗する為の最大のウリだった「安さ」や「若者の支持」のお株をソフトバンクに奪われたのと、自家製の「KCPプラス」に拘ってアンドロイド機の導入が遅れたことだと思っています。

しかし、KDDIの中には、なんと、「現在の苦境は、第三世代への移行に当たって、WCDMAではなくCDMA2000をクアルコムに『押し付けられた』からだ」と考えている人達がいるようなのです。(最近のTwitterで私はこの事を知りました。)

また、しばらく前に、私は、日本の公正取引委員会が、「日本のメーカーは、不利な条件でクアルコムとのCDMAのライセンス契約を結ばざるを得ない状況に追い込まれた為に、国際競争力を失った」として、クアルコムに排除命令を出していることを知り、驚愕しました。

この事については、クアルコムの弁護士と話す機会があったので、彼等の意見を聞いてみたところ、「有態に言えば、何を言っているのかさっぱり分からないレベルの話なので、当然、不服の申し立てをして係争中」との事でした。

ここで、注意すべきは、日本人がしばしば口にする、「押し付けられた」とか「余儀なくされた」という言葉です。先ずは、本当にそうだったのかという事を考えてみなければなりませんが、仮にそういう状況があったとしても、それに対抗できなかったのは自らの力が足りなかったからであって、別に相手が不公正だったわけではありません。

そもそも、現代においては、洋の東西を問わず、「双方の自由な意思による契約」が全ての商行為の基本であり、「押し付ける」とか「余儀なくされる」とかいう言葉が使われる事自体が異様なことです。

私の知る限りでは、クアルコムの場合は、「全ての相手に対して一定のルール(例えば数量による優遇条件など)に基づく条件を出した上で、ルールで一律に決められないような細かいところは個別交渉で決める」というやり方をしていると思います。ですから、もし「不利な条件を飲まされた」と思うような事があったとすれば、それは「コミットできる数量が足らなかった」か「交渉が下手だった」かのどちらかでしかないと思います。

現代においては、国際的な契約が暴力や脅迫によって強要される事は先ずありませんから、一旦契約すれば、それは「相互の合意による契約」であって、後でブツブツ文句を言うような筋合いのものではないのは当然の事です。

さて、第三世代への移行に当たってKDDIがWCDMAではなくCDMA2000を選んだ経緯については、私自身が大いに関与した事でもあるので、少し昔話をしてみたいと思います。

世界の携帯通信がアナログ(第一世代)からデジタル(第二世代)へと移行するに際し、第一世代が規格の乱立で使いにくかった欧州各国は、早い時点で結束してGSMという統一規格を作り、これを世界に売り込みました。米国は、この「GSM」と、それに似て非なる「米国版のTDMA」、及び全く新しい技術である「CDMA」の三つの規格を競わせる政策を取りました。

(CDMAを入れたのは「周波数の逼迫への対処」と「新しい可能性の追求」の為であり、欧州規格のGSMを入れたのは、あまりに強力だった自国のMotorolaとAT&Tを牽制する為でした。)

日本は、ドコモが開発したPDCというシステム(これもGSMと似て非なるもの)を統一標準として導入。韓国は、シンクタンクのETRIに米国のクアルコムと共同開発体制を組ませ、CDMAを統一基準として導入しました。

アジア各国は、GSMが主力で、一部にCDMAが入っています。(PDCも一応売り込みを計ったのですが、結局一勝も出来ませんでした。)アフリカ・中近東は、ほぼ全面的にGSM。中南米は、米国キャリアーより欧州キャリアーの方が積極的だった為、約半分がGSM、残りを米国版のTDMAとCDMAで分けるような形になりました。(後にTDMAは全地域で撤退、その多くをGSMが引き継ぎました。)

さて、問題は日本です。他の地域では、メーカーが開発したシステムを各通信事業者に売り込むのが普通なのに対し、日本では、競争相手であるドコモが開発したPDCというシステムを、他の事業者も使わなければならなかったのですから、これでは「ドコモ圧勝の図式」があらかじめ出来ていたのと同じ事です。

果たして、ドコモは、NEC、パナソニック、富士通、三菱電機の所謂ファミリー4社に、定期的にシステム設計の深部に隠されている情報を提供、これを生かした新機能を織り込んだ新モデルの開発を促しました。

東芝、ソニー、京セラ、シャープ(当時はまだ後発)、三洋、カシオ、日立、デンソー等のメーカーは、6ヵ月後にやっと同じ情報がもらえて、後追いで同じ様なものを開発するわけですから、これらのメーカーの製品を使うしかないDDI、IDO、デジフォン(その後のJフォン)ツーカー等の「ドコモと競合する各事業者」は、圧倒的に不利な戦いを強いられた事になります。

遂に、たまりかねたDDIが、アナログ時代のTACSで関係の深かったMotorolaの勧めを受け入れて、CDMA(第二世代版)の導入を決め、IDOも同調して、ここに、曲りなりにもまともな競争体制が出来上がりました。

しかし、本格的なデータ通信時代が来るまでは、万事にコストが高いにもかかわらず、CDMAのメリットは「周波数の利用効率の良さ」と「若干の音質の良さ」に限られていたので、前者のメリットが殆どない日本では、DDIとIDOの苦戦は続きました。

さて、そこに第三世代への移行の時期が来ました。

そこに至るまでには色々な経緯がありましたが、世界の主流は5MHzの帯域幅を使うWCDMA(欧州等はUMTSと呼ぶ)になりました。しかし、したたかなクアルコムは、ここでも自社のロイヤリティーを主張通りに確保した上、更に、「それまでのCDMAの延長線上のシステムであるCDMA2000標準も並行的に認められる」体制を作りました。

何故クアルコムがそれに固執したかと言えば、その時、クアルコムでは、「WCDMAの世界では後にHSPAと呼ばれる事になるデータ通信に特化した新技術の開発が、既に完了直前にあり、これを使えば、「携帯電話」の「携帯インターネット」への進化が約2年早まる筈と踏んでいたからです。

この技術は、当時はHDR(High Data Rate)と呼ばれ、CDMA2000の世界ではその後EVDOと呼ばれることになりますが、これまでのシステムが「一定のbit streamが安定して継続的に流れる音声通信」を前提にして考えられていたのに対し、「大量のbitを一気にBurstとして処理する」のに最適化されていました。

従って、このシステムを使えば、敢えて広帯域を使わないでも、WCDMA以上の高速データがより安価に伝送出来る事になり、データ通信が主流になる将来においては、圧倒的な競争力を持つと考えられていたのです。(WCDMAの世界でも、同様の技術は、Release-5として開発線表の上には乗せられていましたが、実際の開発には約2年程度の差がるように思われました。)

当時はKDDIだけがCDMAを使い、他社は全てPDCを使っていたので、当時クアルコムの日本法人の社長だった私の最大の関心事は、「如何にすればKDDIが他社のシェアを食ってくれるか」という事に尽きていました。ですから、ここで私は、腹を据えて、「KDDIが末永く勝ち続けてくれる戦略」を考えなければならなくなったのです。

第三世代が導入されると、GSMを使っていた欧州の事業者等は、当然「GSMを包含したWCDMAのチップ」を搭載した端末機を使うことになりますが、GSMのない日本では、そうは行きません。第三世代を導入するといっても、一度に日本中に基地局を展開するわけには行きませんから、過渡期には「第二世代の基地局でもサポートしてくれる端末」を普及させるのが常識です。

従って、私は、「PDCは勿論、WCDMA技術も自社内に十分蓄積してきたドコモは、当然『PDCとWCDMAのデュアルモードチップ』をNECなどに作らせ、それを自社のみで使う事にするだろう」と推測したのです。(実際には、何故かドコモはその路線を取らず、その為、WCDMAは2年間あまり普及しなかったのですが…。)

こうなると、KDDIがWCDMAを採用した場合は、またドコモとのハンディ・ゲームを強いられる事になってしまいます。それよりは、最新鋭のEVDOを電光石火導入し、ドコモに逆にハンディをつけ、これまでの劣勢を一気に挽回するのが、絶対にKDDIが取るべき道だと私は確信し、この路線をKDDIに奨めました。

しかし、当時はまだ完全に全ての特許が成立していなかったこともあり、EVDOの技術の詳細をKDDIに説明することが出来なかったので、KDDI(当時はまだDDI、IDO、KDDIの三社に分かれていました)はその威力を理解してくれず、DDIとKDDの社内の大勢はWCDMAの採用へと動いていました。

ここで私は、やむなく一大決断を行い、「ドコモ圧勝の図式を回避する為、KDDIがやらないのであればクアルコム自身が通信事業者になる」と宣言、「60MHz(片道)の帯域を三社で分け合う」という暗黙の了承が出来ていた総務省と三社を慌てさせました。

その後色々な経緯がありましたが、最終的には、稲盛名誉会長の決断でKDDIはCDMA2000路線に転換しました。当時は巨額の有利子負債があった為、EVDOの導入は約1年遅れたものの、これによってフラットレートの導入に先手を取ることが出来たKDDIは、「着歌フル」等の色々なデータアプリでドコモを脅かし、大躍進を遂げました。

一方、目を海外に転ずると、GSM / WCDMAがCDMA2000の挑戦を退けて、世界の主流になることがほぼ確定しつつありましたが、クアルコムはこの時点で、第4世代で採用されるOFDM技術で最強のフラリオン(ベル研からのスピンオフ)を買収、「LTEで世界標準を確立する」という路線へと、大きく舵をきりました。

(そうでなければ、CDMA2000の延長線上にあったUMBに「後方互換性」を持たせ、「あくまで二つの流れを作る」という選択肢もあったのでしょうが、この「後方互換性」を敢えて捨てた時点で、UMBは命脈を絶たれたとも言えます。)

アメリカではCDMA2000のVerizonとWCDMA / GSMのAT&Tが、ほぼ同じ顧客数、ほぼ同じARPUでしのぎを削ってきましたが、営業利益ではVerizonの方がずっと圧倒的に高かったのです。これはCDMA2000で全てを統一できた為に、Operation Costを極小化できた賜物でした。

しかし、GSMが全く存在しない日本と異なり、米国では「GSMをサポートするかしないか」で大きなハンディキャップが生まれmすし、CDMA2000だけでは規模の利益が取れず、チップベンダー等の選択肢も狭まることから、Verizonは700MHz帯での周波数の入札に際して、これまでの蓄積を生かして巨費を投入、一気にLTEの大規模展開を計りつつあります。

中国では、政府が、最大手の携帯通信事業者であるチャイナモバイルには「第三世代としては国産技術のTD-SCDMAしか当面認めない」という大きな負荷をかけ、第二位のチャイナユニコムにはWCDMAを、有線通信網の多くを保有するチャイナテレコムにはCDMA2000のライセンスを与えて、3社が異なった技術で競争する体制を人為的に作り上げました。

さて、長々と歴史と現状を書きましたが、要するに何が言いたいかといえば、「メーカーであれキャリアーであれ、他人のせいにしてぶつぶついっているような暇な会社は何処にもおらず、全ての会社が、その都度与えられた環境の中で「何がベストか」を自分で考えて、それに邁進しているという事です。

自社の置かれた状況(多くは自らが選んだ道)が有利に働いている間は、それで得られる利益を最大化して、来るべき「谷間」に備え、「谷間」に入れば、じっと我慢して次の飛躍に備えます。(例えば、チャイナモバイルは、第四世代のLTEを天下晴れて展開出来るようになるまでは、じっと我慢です。)

メーカーとキャリアーの関係も虚々実々で、「お互いに利用し、利用される」関係をつくりながらも、「一方的に支配されるような状況にはならぬよう」お互いに秘術を尽くしています。「友好関係」と「したたかさ」は何ら矛盾するものではなく、肩を抱き合いながらも、お互いに筋は通し、常に別の選択肢を心に秘めているが普通です。

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