インフレとともに消える造幣益(シニョレッジ)

2010年12月09日 15:37

現金需要に関しては、「財政的支援が欠かせない信用緩和」という記事の中で簡単に説明したことがあり、その際に造幣益(シニョレッジ、seigniorage)についても言及した。しかし、現金需要といったことを全く無視した議論をする人がいるようなので、改めて現金需要について解説しておきたい。

お金はいくらでもほしいのが人情であるけれども、現金の形態のままでずっと持ち続けようとする額には上限がある。この「現金の形態のままでずっと持ち続けようとする額」のことを経済学では「現金需要」と呼んでいる。現金に関しても需要と供給があり、いくら供給したいと思っても、需要がついてこなければ実現することはできない。むしろ現行の制度的な仕組みの下では、現金供給は現金需要に受動的になされざるを得ない。


例えば、各世帯に10万円ずつ5000万世帯に現金を配ったとする。すると、その時点では5兆円の現金供給が追加されることになる。しかし、中にはその10万円をそのまま保有し続ける(タンス預金する)世帯もあるかも知れないが、すべての世帯がそうするわけではなく、消費したり、預金したりするあろう。消費された分は、小売店などを通じて民間金融機関に還流してくる。預金された分は、もちろん民間金融機関の手に移る。5兆円の現金配給の結果として経済活動水準が上がれば、それに伴って手元に置いておこうと思う現金の額は増える可能性があるので、5兆円丸まるではないが、そのかなりの部分は民間金融機関に還流してくる。

民間金融機関は、還流してきた現金をそのまま手元に置いておくことはせず、中央銀行にある自らの当座預金(準備預金)口座に入金する。したがって、現金のかなりの部分は中央銀行に還流してくることになり、5兆円分の現金を配ったからといって、5兆円の現金供給増が実現できるわけではない。最終的に実現できる現金供給額は、現金需要額に規定されることになる(注)。

(注)準備預金についても、その残高が民間金融機関が保有したいと望む(あるいは、保有しなければならない)額を超えたならば、超過分は引き出されて国債の購入等に充当されることになる。すなわち、準備預金の供給額は、準備預金の需要額で規定されることになる。したがって、現金残高と準備預金残高の合計をベースマネー(あるいは、マネタリーベース)と呼ぶが、ベースマネーの供給額も、ベースマネーの需要額によって規定されることになる。

ただし、予想インフレ率がゼロあるいはマイナスで、名目金利がゼロ近傍にあるときには現金需要はきわめて弾力的になると考えられる。すなわち、この場合の現金需要曲線は、次の図1のえんじ色の曲線のようになると想定できる。こうした状況では、供給側のイニシアチブで現金供給を増やせるようにみえる。

a33-1

例えば、中央銀行がケチャップを大量購入して、その代金を現金(銀行券)で支払うことによって、現金供給をMS1からMS2まで増大させたとしよう。この時点では、ケチャップの代金はすべて造幣益(シニョレッジ)でまかなわれたかのようにみえる。しかし、こうした中央銀行のヘリコプターマネー政策が成功して、正のインフレ予想が発生するようになると、現金需要曲線は当然にシフトとする。

予想インフレ率が正であれば、たとえ名目金利がゼロになっても、その予想インフレ率の分だけ現金保有には機会費用が伴うことになるので、供給側の望むだけ現金を保有してくれるといったことは起こらなくなる。(予想インフレ率の高まりと同時に経済活動規模が急拡大して、相殺する効果が生じる(注)というのでなければ)現金需要は減少し、例えば次の図2のえんじ色の曲線のようになると想定できる。このとき、予想インフレ率と整合的な名目利子率の水準が実現するためには、現金供給は例えば図のMS0まで減少しなければならなくなる。

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(注)ヘリコプターマネー政策による支出拡大がもたらすGDP増加の乗数γと現金保有に関するマーシャルのkの積の値γ・kが1を下回る限り、現金配布に見合う現金需要が生じるとは言えない。現実的な数字の範囲では、γ・k<1であるといえる。

要するに、予想インフレ率が高まると、人々はそれまで手元に置いていた(タンス預金していた)現金を金利の付く金融資産(例えば、国債)に交換しようとするので、最終的には大量の現金が中央銀行に還流してくることになる。そして、中央銀行は現金の還流に対応するために保有の資産(例えば、国債)を売却しなければならなくなる(還流してくる現金の代わりに国債を渡す必要が生じる)。

そうしたことの結果は、それまでマネーファイナンスでまかなわれていた「MS2マイナスMS0」の分の(中央銀行と政府を連結してみた統合政府の)財政赤字が利払いを必要とする国債でファイナンスされることになるというものである。換言すると、恒久的に期待できる造幣益(シニョレッジ)の大きさには限度がある。(MS0を超える分については)永久に利払いが節約できるわけではなく、利払いが節約できるのはデフレ脱却までの期間に過ぎない。したがって、ヘリコプターマネー政策がデフレ脱却に有効だというのであれば、造幣益(シニョレッジ)はほとんど期待できないとしないと、論理整合的な主張ではない。

以上の意味で、ベースマネーの供給を増やせば(現在価値合計では)それと同額の造幣益(シニョレッジ)が増える、といった単純な(あるいは、スッ呆けた)話は少なくとも成り立たない。ヘリコプターマネー政策によって生じた財政赤字は、いずれ国民負担になる。フリーランチは存在しない。したがって、何を買っても構わないわけではなく、その購入対象が国民負担に見合う価値のあるものかどうかが常に問われなければならない。ケチャップは、消費者(や食堂経営者)が必要な分だけ買えばよい商品であろう。

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