「無事これ名馬」が日本を駄目にするのか? - 山口 巌

2010年12月20日 21:06

「無事これ名馬」が日本を駄目にすると北村氏が指摘されている。誤解を恐れず要約させて戴くと「若者の事なかれ主義」が日本を駄目にしているとの主張だと思う。共鳴と共にある種違和感あるのも正直事実である。若者を事なかれ主義に追いやった経緯がありそれに対し大人達が充分に責任を認識せず又問題解決の為に行動を起こして無いのでは無いか? 又、此れから社会に出ようとする若者の責任云々よりももっと遥かに重要なのは政府、企業、マスコミ、教育界の指導的立場にある人間が、「今世の中で何が起こっているのか?」と真正面から真摯に向き合い、「次に起こるであろう事?」を想像し、「未来に生き残る為に何をなすべきか?」を考え抜き、リーダーシップを発揮して組織を向かうべき方向に引っ張って行くとという事が皆目出来て居らず、此れこそが日本を駄目にしたA級戦犯では無いのかと言う疑問である。


そして、本来リーダー失格者が座るべきでないリーダーの椅子に居座り続け、一方社員はと言うと年功序列、終身雇用に手厚く保護され、入社以来大した努力もせず結果多くが仕事しないのが一番の組織への貢献と目され、高給を貪るだけの中高年と成り果てているのでは無いか?この機能しないリーダーと今や企業に取って最大の経営リスクとまで言われる、まるで膿の塊の様な中高年正社員こそが日本を駄目にしているのでは?と言う次の疑問である。

私は32年前最初の会社に就職したがその時の自分や同期の連中と比較して今の若者が事なかれ主義だとは全く思わない。寧ろ比較的良く勉強しているし、今世の中で何が起こり、そして次に何が起こり、自分はそれにどう備えるべきか若者なりに真摯に考えているように見える。

若者は世の中を写す鏡見たいな所があるので、これだけ日本が停滞すると彼らに元気が無い様に見えるのではないか?もしそうなら非難するだけでなく、こう言ったバイアスを補正して若者を語らねば不公平では無いかと思う。

30年前、40年前と今を比較すれば当時はごく少数だが「突然変異」的な「カリスマ」が
居て大活躍したのは事実である。そしてその年代を共有した人達には、日本がエネルギッシュに輝いていた栄光の時代の思い出と共に鮮やかな印象として脳裏に刻み込まれているに違いない。政治で言えば「田中角栄」元首相。民間企業なら山崎豊子氏原作の不毛地帯のモデルと成った「海部八郎」旧日商岩井元副社長。今より遥かに荒っぽい時代、マッチョな時代を疾走し政治の場、経済活動の場と活躍の場こそ異なりはすれ大変な業績を挙げられている。そして看過しては成らないのはその後此のお二人が努力と業績に反比例する不遇の晩年を送られた事実である。所詮「出る釘は打たれる」と言う国民感情がその後の日本に暗い影を落し続けたのではないか?

村上ファンド、ライブドア事件は最近の話で記憶に新しい所である。今もって理解出来ないのはあれ程大騒ぎする様な「反社会性」が一体何処にあったのか?と言う疑問である。

私見であるが、村上ファンド事件に拠り企業買収が停滞し結果ゾンビ企業が居残る事になり成長のボトルネックと成っていると思う。一方、ライブドア事件の結果成功したベンチャーが手にした資金を彼らに続く後輩ベンチャーに出資、融資すると言う資金の循環を遮断し日本での起業を難しくしたと思う。検察の行為は「角を矯めて牛を殺す」を地で行っている。

検察のみならず、公正取引委員会の最近の一連の判断も疑問である、つまりDeNAに対しては下請けの囲い込みの名目で厳しく指導しながら一方、GoogleとYahoo,Japanの検索サービス連携の様な超度級の独占に対しどうも大した審査、検討もせず早々に了解している。普通に疑問である。本当に弱きに強く、強きに弱い役所だと思う。

此れから社会に飛び出そうとする若者がこういう光景に遭遇して矢張り「寄らば大樹の陰」、「出る釘は打たれる」と思い、事なかれ主義に動いたとして果たして大人はそれを非難出来るのだろうか?

私事で恐縮でだが、今月起業するに際し日頃お世話に成っている財閥系総合商社OBの方から伊藤忠・岡藤新社長の「商社は三河屋にならんとあきまへん」と言う名言(迷言?)を添えて兎に角現場を走り回れと言う激を頂戴した。来月には激例会も開催戴けるそうで無論此の言葉を頂戴したのは無垢な善意からと了解している。それにしても、今時「三河屋」と言う言葉を伊藤忠の新入社員理解出来るのだろうか?岡藤新社長はきっとサザエさんの視聴者に違いないとか勝手に推測したものである。岡藤新社長が指摘・強調したいのは「現場第一主義」、「顧客第一主義」の徹底と言う事であろう。そして此の言葉は私が新入社員であった32年前にも上司から正に耳に蛸が出来る位繰り返し聞かされた言葉であり誰も反論出来ないビジネスの鉄則である。なので、何故今此の言葉と正直疑問である。

伊藤忠は嘗てケーブルテレビ、衛星放送と言ったマルチメデイア分野に積極的であり
インターネット放送等も手がけられていたと記憶しているが最近はこう言った情報産業分野での活躍を耳にする機会滅法減った様に思う。

我々が今眼にしているのは、日本を代表する企業である伊藤忠に社長の会社創業の原点である繊維出身者が就任するという原点回帰と、耳にするのは既に正しい事が立証済みで誰も反論出来ない「商社は三河屋にならんとあきまへん」と言う名言である。

そして、不確実な未来に就いては何も語られてないが、想像するに「三河屋」に徹すれば自ずから道は拓けるとの黙示録が別途用意されているのであろう。

此の光景を眼にして「無事これ名馬」が日本を駄目にすると若者を諭すのは少し無理あるのでは?と思うのは果たして私だけであろうか?
(山口巖 ファーイーストコンサルティングファーム代表取締役

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