博士号を活用したマーケティングのあり方  - 元木一朗

アゴラ編集部

1990年代後半から政策的な意図を以て博士号取得者が大量生産された。この政策の目的の一つは、競争的環境下における基礎研究人材の国家的充実だったと思われる。これ自体は決して間違っていたと思えないが、それが日本社会の持つ2つの特性によって「余剰博士」という存在を産み出してしまった。その特性とは、一つには硬直した労働市場、もう一つには他者を評価することが決定的に苦手というものである。


具体的には、限られたアカデミアポストが既得権者によって占められてしまって空きがなく、また、人材が優秀なのかどうかを評価できないため、「運が良くなければしかるべきポストに就けない」という事態となってしまったのだ。

そうした中で、博士号を有効に使おうという会社も現れた。四ッ谷に本社を置く「リバネス」という会社である。この会社は教育事業をメインとし、これまでに多くの博士号取得者を採用してきた。そのリバネスがオープンしたのが「リバネス・ショップ」というネットショップである。ツイッターで繰り返し流される宣伝文句は「サイエンスにこだわったあれこれを届けています。」というものだ。

同サイトでは現在までに、米、ウコン、しじみ、ビルベリー(ブルーベリー)を販売している。普通なら小さな会社が健康食品を売っているだけのことだが、このサイトは、リバネス社長のツイッターによると国の委託事業でもあるそうなので取り上げてみたい。

本稿では、同サイトのラインナップのうち、「生まれも育ちも確かなビルベリー栄養機能食品(βカロテン)」という商品に着目してみる。栄養機能食品であることをわざわざ商品名にまで入れてアピールしているのだが、これは厚生労働省の定義によると次のようなものになる。

栄養機能食品:栄養素(ビタミン・ミネラル)の補給のために利用される食品で、栄養素の機能を表示するものをいいます。
出典:厚生労働省ウェブサイト

同サイトにはβカロテン(=βカロチン)について次のような記述もある。

本品は、多量摂取により疾病が治癒したり、より健康が増進するものではありません。1日の摂取目安量を守ってください。
出典:厚生労働省ウェブサイト

また、東京都のサイトでは次のような統計データ(データの出典はイギリスの医学雑誌「ランセット」)が提示されている。

フィンランドの喫煙者 → 肺がん発生率が18%上昇
米国の喫煙者 → 肺がん発生率が28%上昇
米国のほぼ非喫煙者→害なし、効果もなし

先進国で実施された8件のデータを総合すると、βカロチン投与群のほうが寿命が短かった
出典:東京都福祉保健局「ベータ・カロチンのビタミン剤」

βカロテンのサプリメントについては専門家も「本来、全く飲む必要のないサプリメント」「健康な人が飲んで、寿命を短くしてしまう」(出典:2003年12月1日、東北大学坪野吉孝助教授講演「健康情報の科学的な読み方」から抜粋)と述べている。また、米国保健福祉省のガイドラインには「がんや循環器疾患の予防のために、β・カロチンのサプリメントを利用することには、単剤であれ合剤であれ、反対する」(2003年7月)と記載されている。つまり、現在、βカロテンは、わざわざサプリメントとして摂取する必要があるものではないし、、逆に摂取することによって害があるとも言える物質なのである。

ただ、これだけでビルベリーは体に悪いから食べないほうが良いと即断することはない。上記のような情報に対して、βカロテンの安全性とサプリメントとしての有用性をきちんと論文上で明示し、さらには論文を読み慣れていない消費者に対してその内容をわかりやすく説明するのであれば、「さすがは博士である」ということになるはずだ。論文化されているということは、すなわち他者の評価を受けていることを意味する。科学ではそれこそが大事なポイントであり、また、だからこそ価値があるのだ。

生活者は、商品に、博士ならではの科学的アプローチによって、より客観的、かつ信頼性の高い価値が付加されることを期待している。

「博士号」とはそれだけで価値を生むものではない。博士号を取得するまでの過程において身につけているはずのものの考え方、これこそが価値を生むのである。そして、博士としてのマーケティング活動は、博士号という看板だけを利用するのではなく、最低でも、原著論文による科学的根拠を基礎に行われるべきなのだ。

最後に、お手本となるべき事例があるので紹介しておく。
コーヒーと健康
http://sites.google.com/site/coffeetambe/coffeescience/medicalscience/coffeeandhealth
(元木一朗 株式会社ライブログ 代表取締役CEO)