一人一票の実現

2011年01月11日 11:06

政治の世界では、たった一人の議員が党を離れることが、大きなニュースとなりうる。また、議員の数が少ない政党であっても、(例えば郵政民営化のような)重大な議案について、与党の政策運営に不釣り合いに大きな影響力を持ちうることは、私たちの記憶に新しい。

それは、政治の世界では「厳格な多数決主義」が貫かれているからである。僅かな差であっても、一票でも上回っていれば、それが多数の意見として、法案は成立する。その一票を取りに行くために、様々な政治工作や駆け引きが行われる。

これは、憲法56条2項が「両院の議事は、・・・出席議員の過半数でこれを決し、可否同数のときは、議長の決するところによる」と、多数決原則が定められていることに基づく。

このように、国会議員が投じる一票については厳格な多数決が貫かれているのに対して、その国会議員を選ぶために我々国民が投じる一票については、厳格な多数決原則どころか、数でいえば少数の選挙区民が多数の国会議員を選ぶという、「逆多数決」が成り立っている。


例えば、昨年の参院選で自民党は民主党に圧勝したが、得票数で見ると、28議席を獲得した民主党は2,270万票を得た一方、39 議席を獲得した自民党が得た票数は、約1,950万票にすぎなかったのである。一昨年の衆院選では、全体の42%の国民が300人中151人を選出し、58%の国民が選んだ149人を上回っている。

最終的な国会議員の票について多数決原則が守られているとしても、彼らを選ぶ大前提の時点で多数決が取られていないのであれば、本末転倒ではないか。

この「一票の平等」という議員定数不均衡は、憲法を勉強した人間であれば必ず学ぶ問題である。しかし、最近までは「衆院選についてはおよそ2倍まで、参院選についてはおよそ5倍までは合憲」という最高裁判例が、所与のものとされてきた。「まぁ、色々と技術的制約はあるから、2倍まではしょうがないよな」という感覚があったように思える。

その主たる理由は、「選挙制度は法律で定められるもの」であり、かつ「選挙制度は多分に技術的なもの」ゆえ、「国会にかなりの裁量が認められる」といったロジックであった(加えて、「参議院は特殊だからさらに大きな格差もOK」という理由づけもあった)。

しかし、そもそも「一人一人が平等に一票を持つ」という権利は、憲法上要請される重要な権利である。「2倍」「5倍」と表現すると、「まぁ自分は一票あるからいいか」と感じてしまうが、これは言い方を変えれば、「あの人は一票ですが、あなたは0.5票、0.2票しかありません」ということと同じである。

例えば、「男性は1票、女性は0.8票」ということだったら、大問題であろう。「現役世代は1票、老人は0.5票」でも。現状の一票の格差というのは、これと本質は変わらない。先の例が性別や年齢による差別であったならば、現在の一票の格差は住所による差別、なのである。

このように考えると分かりやすいが、一人一票の原則は、民主主義の根幹をなす。米国では、州内では1対1.007倍の格差(1票対0.993票)ですら違憲無効とされているそうだ。とすると、2倍、5倍の格差を容認しているわが国は、そもそも民主主義とは言えないのではないか。

(なお、米国の話をすると上院の議員数が各州から同数でている点が指摘されるが、建国の特殊な歴史から考えると、選挙制度という観点からは合衆国連邦全体と日本のそれを比べるべきではなく、独自の憲法や裁判権、警察権などをもつ「州」を国家に類似する単位と考えるのが妥当である)

また、「地方と都市部の経済的な格差是正のためには、ある程度一票の重みに格差を設けることはやむを得ない」という意見もある。しかし、国会議員が議論するのは中央と地方の配分だけでなく、財政・防衛・外交・教育など多岐に渡り、それらのテーマについて地方選出の国会議員がより強い発言力を持つのは合理的でない。

にもかかわらず、これまで一票の格差は是正されずにきた。

そもそも、国会議員は現状の選挙制度によって選ばれているので、制度の最大の利害関係者である。彼らに選挙制度の在り方を判断させるということは、野球でいえばいわばバッターが、アンパイア(球審)の役割を公正に演じられるわけがない。あくまで、一票の価値の平等という原則を遵守した上の技術的な裁量のみ持つと理解すべきである。

また、選挙の区割りが技術的なものであることは否めないし、都道府県単位で選挙区を考えている限りある程度の格差は是認しなければならないように見えるが、そもそも選挙区を都道府県を単位に決めなければいけないという根拠はない。上記のように憲法上の要請である厳格な多数決原則を実現するためには、既存の市・区・町・村・大字という住所単位を用いて県を超えた区割りをしていけば、十分に実現できるそうだ。現状の都道府県を前提とした選挙区を守るためには憲法上の権利が侵害されてもやむを得ない、というロジックは成り立たない。

純粋に法理論を追及すれば、一人一票を認めない理由はない。それを制約する理由があるとしたら、それは政治的なものに過ぎない。故矢口洪一最高裁長官も、「戦後、裁判所は二流官庁だったし、政治的に共産圏にひっくり返されてはいけないという感覚があったので、大幅な不平等を認め続けた」ということを回想していた。しかし、これらの理由は(自らを「二流官庁」と卑下する司法の認識も含めて)もはや許されないだろう。

昨年は現状の格差に基づく選挙の合憲性を確認する訴訟が全国の高裁で提起され、多数において違憲判決が出された。この流れを受けて、年末に西岡参議院議長が是正案を提示。同案によれば、昨年の参院選当時の有権者数に応じて定数を各ブロックに比例配分することで、1票の格差を最大1.153倍にまで抑えることができるそうだ。

戦後長らく、微動だにしなかった大きな山が、ようやく動き始めた。この流れを、止めてはいけない。真の民主主義を、実現するために。

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岩瀬 大輔
ライフネット生命保険代表取締役社長

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