内部留保の行き着き先

2011年01月14日 09:57

専門用語は、全くの造語の場合もあるけれども、大抵は日常用語を転用したものであり、言葉自体としては日常用語と同じものである場合が大半である。しかし、同じ言葉であっても、専門用語として用いられているときには、日常用語としての用い方とは意味内容ないしは定義が異なることは理解しておかねばならない。

例えば、弁証法関連の用語にアウフヘーベン(aufheben)というのがあって、日本語では止揚(しよう)と訳したりしている。日常用語としてのアウフヘーベンは、棚の上にものをのせるといった意味でも用いられる。しかし、「止揚する」というのは、「棚の上にものをのせる」という意味ではない。


経済用語に関しても、日常用語を転用したものが多い。ただし、やはり同じ言葉でも、意味内容や定義は異なることが少なくない。とくに留意すべき例として、「貯蓄」という用語がある。経済用語としての貯蓄は、「可処分所得(税引き後の実際に使える所得額)のうち、消費支出に充てられなかった残差」を意味している。消費支出に充てられなかった可処分所得の使い途としては、(1)投資(のための財・サービスへの)支出、(2)金融資産の増加、(3)金融負債の減少、の3つが考えられる。

しかし、日常用語としては、(2)の場合のみを貯蓄と言うのが普通であろう。さらには当該の金融資産が銀行預金や国債の場合には、貯蓄だが、買い増す金融資産が株式などのリスク資産の場合には、そもそも貯蓄という表現もあまり用いず、むしろ投資と言うことの方が多いと思われる(いわゆる「貯蓄から投資へ」というスローガンは、こうした日常用語としての用例に基づいたものである)。(3)は、平たく言うと、借金の返済である。そして、日常感覚では、借金の返済を貯蓄とはほとんど言わない。

ところが、経済用語的には、借金を減らすことに所得を充当することも(消費以外に使っているのだから)「貯蓄」に立派に含まれる。実際、例えば預金が20万円増えることと借金が20万円減ることは、ネット(純)ポジションでみると同じことにほかならない。この辺の定義の違いに無自覚的だと、思わぬ誤解が生じかねない。典型的には、「内部留保」をめぐる誤解がある。

課税後の企業所得から配当を控除した残りである内部留保は、「企業貯蓄」のことである。そして、企業貯蓄というと(内部留保という語感からも)、既述のような日常感覚だけでものを考えていると、現預金等の金融資産で貯まっているかのように思いがちである。しかし、上記の(2)になっている部分も皆無ではないけれども、大方は(1)か(3)に使われているのが、実際である。とくに近年の日本企業は、投資は基本的に内部留保の範囲内で行い、内部留保の残りは借金返済に充ててきたといえる。

したがって近似的には、企業の貯蓄投資差額=金融機関借入の減少、とみなすことができる。金融機関借入の減少は、金融機関側からみると、いうまでもなく貸出の減少である。そしてこの間、日本の金融機関は、貸出の減少分を国債購入を増やすことで対応してきた。こうして結果的には、企業の貯蓄投資差額=国債購入の増加、ということになってきた。

野口悠紀雄氏が指摘するように、2000年以前は、家計の貯蓄投資差額=預金増加、預金増加=国債購入の増加、というかたちで、家計貯蓄が国債消化に使われていた。しかし、直近では高齢化の進行を反映して家計貯蓄率は急速な低下を示しており、家計保有金融資産の増加はほとんど止まっている(先日公表された総務省の全国消費実態調査によると、家計のバランスシート規模は調査以来はじめて縮小した)。それに代わって、企業の貯蓄投資差額=借入減少、貸出減少=国債購入の増加、というかたちで、企業貯蓄が国債消化に使われているのである。

この意味で、企業に内部留保を賃金支払いの増加等に使えと要求しても、当の内部留保(の投資を上回った分)は、既に国債の消化に使われてしまっているのだから、手元に使える現預金の形であるわけではない。そうした要求をするのなら、それに先立って、まず政府の側が国債の償還を行って企業に金を戻すことが前提条件として欠かせない、という話になる。いまや、そのことに意識的であるか、無意識的であるかにかかわらず、民間貯蓄の大宗は最終的には国債消化に使われている、というのが現実である。

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