就職待合室はいらない

2011年02月15日 07:16

 週刊ダイヤモンド特集「就活の虚実」に、人気企業100社のアンケート調査結果「採用で最重視する資質」という調査が掲載されている。
 コミュニケーション能力、熱意、意欲、主体性、行動力などという、どうやって評価しているのかわからない(どうやって開発できるのかもわからない)項目が過半数を占める一方、学業成績、表現力、外国語能力はゼロである。大学が開発しうる能力は、誰も評価しない。


 大学の学業成績はどうでもよくても、基礎学力は重視している。基礎学力とは高卒程度の知識のことだ。
 他の記事でも、大学教育については、何ら語られることはない。最近、多く刊行されている「就活本」でも、大学教育とどう向きあうべきかは、無視されている。
 エントリーシートにも、大学の正規科目で何を学んだかが書かれることはほとんどない。むしろ、短期留学をしたとか、部活をがんばったとかいう、「課外」活動の方がウェイトが高い。所属学科は重視されるが、教育内容についてはほぼスルーである。
 それはそうだ。大学3年生程度では、人にアピールできるほどの専門知識なんて、ほとんど頭に入っちゃいないのだから。
 「授業に出てください」「ゼミの準備をきちんとやりましょう」「課題図書を読みなさい」とか言うのは、大学教員だけだ。
 つまり、大学の機能とは、入学試験におけるラベリングと、就職待合室以上のものではない。
 しかしながら、政府支出をそんなものに使われては、納税者として我慢できない。大学助成金は、国立に1兆円、私立に3000億円が毎年支出されている。
 教育関係者の言うお決まりの理屈は、「教育には外部効果があるから、個人の利益にならなくても意味がある」というものであるが、その外部効果をきちんと説明できる人はいない。せいぜい、国産ロケットによる宇宙開発を楽しんだとか、ノーベル賞科学者が出れば、国威発揚になる程度の理屈である。
 私は学問に政府補助を与えることをまったく否定するつもりはない。古典を読み、過去の文化遺産を継承していくこと、すぐに金にならない研究を行うことなどは、かつて、王室や教会がパトロネージしていたことであり、現代の政府が代わって支援を行うことは必要である。
 宇宙探査やノーベル賞科学者がいらないとも思わないが、高校卒業者の半分にも達する大学生に、就職待合室を提供することは、それらとは何の関係もない。
 大学助成金は、学問の助成にのみ使うべきだ。就職待合室に補助金を出してはならない。
 目的を限定しない大学助成金は廃止して、科学研究費補助金だけでいいのではないか。科学研究費補助金にも、申請する手間や、採用の選択の公平性という問題はあるが、単なる待合室に補助金を出している現状よりはましである。

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