独裁者が追い詰められるという恐怖

2011年02月24日 01:01

リビアでのカダフィ大佐率いる政府軍とデモ隊の衝突はますます激しくなっているようだ。政府軍やリビア政府に雇われた傭兵は、非武装の市民に容赦なく銃口を向け次々と虐殺している。ネット上では無残に殺されたリビア市民の死体の画像が多数アップロードされている。その中には年端の行かない子供の殺害まで含まれている。これはただ単に独裁者であるカダフィ大佐やその一味の残虐な行為として片付けることができるのだろうか? 筆者はそうは思わない。なぜなら同じような状況になれば、やはり多くの人間がカダフィ大佐のように振舞うと思うからだ。


独裁者の多くがその権力を握る過程で、多くの政敵を処刑する。裏切り者を残虐な方法で殺害して、自らの力を民衆に魅せつける。その一方で独裁者はカリスマ的で人間的にも非常に魅力的な人物であることが多い。その魅力と恐怖によって人の上に立つのである。血塗られた独裁者と英雄は紙一重だ。歴史上の英雄と云われる多くの人物も、多かれ少なかれこのようなことをして人々を従わせたのだ。非常に不謹慎かもしれないが、筆者はカダフィ大佐が先進国に生まれ、ふつうに就職していたとしたら、多国籍企業を率いるカリスマ的なCEOに上り詰めていたと思う。

都合の悪い政敵を殺してきたということは、それはちょったしたパワー・バランスが崩れれば自らも誰かに殺されるというリスクを常に背負うことを意味する。このように民衆が蜂起し荒れ狂っていたら、独裁者は死を覚悟しないといけない。自らが殺されるかもしれないのだったら、自分を殺そうとしている人間を殺す他あるまい。誰だって自分の命が一番大切だ。

今、あなたの頭に銃がつきつけられているとしよう。核ミサイルのボタンが用意され、その核ミサイルを発射して10億人ほどの人間を殺せばあなたは自由の身になれる。しかしそれを断ればあなたは殺されるという、絶対に有り得ないだろうが、そういう架空のシチュエーションを想像してみよう。筆者は10億人の人類には申し訳ないが、ボタンを押すと思う。あなたもきっと同じことをする。つまり赤の他人が10億人死ぬよりも、あなた自身の命の方がはるかに、はるかに大切だ。それではあなたの家族の頭に銃がつきつけられ、同じように赤の他人を10億人を殺せば、あなたの家族が助かるという状況を考えよう。筆者はその場合もボタンを押すだろう。あなたと同じように。赤の他人が何人死のうが、自分の家族の命の方が大切だ。筆者は自分の恋人がひとり死ぬ方が、赤の他人が10億人死ぬより何倍も悲しい。人間の心はこのように設計されているのだ。

リビアで市民の殺戮がはじまった昨日、筆者は自宅でテレビを見ていた。どのテレビも中国から送られたパンダ二頭の様子をトップニュースで報じていた。パンダのニュースが終わると、歌舞伎俳優の暴行事件の裁判の動向が報じられていた。その後にようやくリビア情勢の報道だった。筆者は、日本の民放のプロデューサーが無能だとは思わない。おそらくほとんどのプロデューサーは緊迫する中東情勢をトップニュースで伝えるべきだと思ったはずだ。しかし彼らは私企業として視聴者を満足させなければいけない。多くの視聴者、つまりほとんどの日本人にとって、遠く離れたアフリカの一国で何万人が死のうがどうでもいいことなのだ。それよりもパンダや芸能人のゴシップ話の方がよほど重要なのだ。ニュース番組の担当者は、そういった日本国民の願いに答えているに過ぎない。

現在、戦争などして得することは何もない。だから国単位の経済合理性で判断するなら、戦争など起こらないことになる。中国が日本と戦争しても何も得ることはないし、ロシアもしかりだ。しかしサラリーマンが会社全体の利益など実はほとんど関心がなく、関心があるのは自分の給料だけのように、為政者にとって国の利益よりも自分の利益の方が大切だ。だから会社でも国家でも、個人の利益の追求が、会社あるいは国の利益となるべく一致するように制度設計されている。まともな企業や国家は、個人の権限が相互に監視されるように、洗練されたシステムを構築している。ところが独裁国家はそうではない。

リビアで独裁者が追い詰められたように、北朝鮮や中国の権力者が自国の民衆に追い詰められることは、いつだってあり得る。そして偶然に偶然が重なり、上記の核ミサイルの思考実験のような状況が現実に起こってしまう可能性はある。大きな軍事力をもった独裁政権そのものはそれほど脅威ではないかもしれないが、そういった独裁政権が自国民に追い詰められたとき世界は大きな恐怖と戦わなければいけなくなるだろう。

参考資料
ムアンマル・アル=カッザーフィー、Wikepedia
戦争の経済学、ポール・ポースト、山形浩生(翻訳)
核兵器と自由貿易は確実に戦争をなくした、金融日記
戦争って意外と簡単にはじまるかも、アゴラ

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