作りたいのは電子書籍 or アプリ?

田代 真人

先日、ある出版社で電子書籍の新企画の感想がほしいと頼まれた。そのプレゼンでは、使う人にとって便利なさまざまな機能が盛り込まれた電子書籍の企画が披露された。プレゼンが終わって感想を聞かれたので、率直に一言。「これは電子書籍ではなくアプリですね」と……。同席の方々は、少し戸惑われたようだった。

アップルは単体書籍をアプリとして販売することを許可しない方向で進めていると言われている。簡単にいうと、iOSの書籍アプリiBooksで読める書籍はiBooksに集約したいということだろう。電子書籍リーダーアプリ=iBooksという認識なのだろう。雑誌アプリやアプリ内課金で書籍を購入・閲読できるアプリは問題ないとのこと。

確かに現状では、その他ゲームと同じようなアイコンで“文字だけ”の電子書籍が販売されている。フォルダ機能があるとはいえ、iPhoneやiPadの限られたデスクトップを文字だけの電子書籍アプリアイコンで埋めてしまうのは合理的でない。ただしかし、と同時にiBooksは日本語での販売がまだサポートされていないので、我々日本語で書籍を制作しているものから言わせれば「その前に日本語をサポートしてほしいし、できることならば縦書きもサポートしてほしいという思いもある。

話を戻そう。冒頭の“電子書籍”のプレゼンで、私がその次に説明しなければならなかったのは、電子書籍とアプリの違いについてだった。彼らは今回の企画を立てるにあたって“使える電子書籍”を目指したそうだ。ユーザーにとってこの考え方は正しい。紙の書籍を使おうとすれば、たき火の火種か重石くらいにしか利用できないわけだが、電子になれば“使う”という発想が出てきてもおかしくない。

では、電子書籍とはなにか? この答えはアップルの見解がわかりやすい。つまり、iBooksで読むことができるEPUB形式やPDF形式のものと考えればいいわけである。両者の形式は動画や音声もサポートしてるので、紙の本にはない電子ならではの機能も付加されているわけだ。“使う”ことができず見るもの読むものが電子書籍と考えたほうがわかりやすいだろう。

この考え方を基本にすれば現状の電子雑誌も見るもの読むものの域を出るものではない。であれば、これも電子書籍と呼んでもいいだろう。EPUBやPDFとは異なり、表現がより豊かなものもある。これも電子ならではの付加機能として楽しめる。

そう考えるとアプリの定義も明確になってくる。つまり“使う”ことができるものがアプリと考えればいいだろう。例えば楽器の教則本は、紙の場合、読むだけ見るだけのものだったが電子になれば動画を加えることができる。しかし、これはDVD付きの書籍の延長でしかない。これがアプリとなるとまさに使えるものとなる。ギター教則アプリ「Gutar Pro」などは、楽譜とともに音が出て、メトロノームも付いている。また、使用する人の習熟度に応じてスピードを変更することもできる。紙では到底できないことだ。

とはいってもユーザーにとって電子書籍かアプリなのかについては深く考えることはない。考えなければならないのは、我々コンテンツメイカーである。なぜならばそこには制作コストという難題が絡んでいるからだ。ある企画を思いついてもそれが電子書籍かアプリかを考えないと、結局、制作コストを回収できないであろうアプリの企画であれば実現は難しいわけだ。その点読むだけ見るだけに特化した電子書籍であれば、マルチメディア雑誌でなければ、比較的小さなコストでプロデュースできる。成功する電子書籍ビジネスを目指すには、このあたりの考え方も必要であろう。