問題は「脱原発」ではなく「電力の全面自由化」である

池田 信夫

原発担当相に細野豪志首相補佐官が起用されることになった。彼には「アゴラ」や私のブログをお読みいただいているようなので、あらためて原発をめぐるアジェンダ設定についてまとめておきたい。

まず重要なのは、政府が「脱原発か原発推進か」という不毛な論争に巻き込まれないことだ。原子力は発電形態の一つにすぎず、電力はエネルギーの一種である。したがって、まずエネルギー政策をどうするかという戦略を考え、それにもとづいて電力の供給体制という戦術を考え、そのオプションの一つとして原子力がある。この順序を間違えて、原子力か否かという論争にはまり込むと収拾がつかなくなる。


今回の計画停電で露呈した第一の問題は、電力に過剰に依存した社会は脆弱だということだろう。化石燃料を電力に変換すると効率が落ちるので、オール電化ハウスとか電気自動車などの非効率的な技術を政府が補助することはやめたほうがよい。また計画停電のような統制経済ではなく、電力税などによってピーク時の電力消費を抑制する政策をとるべきだ。

長期的な課題は、電力供給体制の多様化である。経済学の教科書では、電力会社は「自然独占」の一種とされていることが多いが、これは昔の話である。現在では、東電の管内だけでもピーク時の電力消費は6000万kWを超えるのに対して、原発は1基100万kW程度。原発そのものには規模の経済があるが、これを東電が集中的にもつことによる規模の経済はない。たとえば福島第一・第二原発を「福島電力」として分割しても、技術的な効率は失われない。

逆にいうと、電気事業法で認めている地域独占が反競争的な規制だということである。独禁法の基準で考えると、各地域の電力会社は数社に分割して競争させたほうがよい。企業分割は独禁法上もっとも強い規制であり、軽々に発動すべきではないが、それによって電力を安定して低コストで供給できるなら、考慮に値する。これまで経産省の行なってきた電力自由化が失敗したのも、電力会社の経営形態に手をつけなかったからだ。

ただ送電網には自然独占性があるので、発送電の分離が必要である。今でも電力の卸売市場があるが、電力会社が送電網の利用料金を過大に設定しているため、工場などから電力会社への売電は送電量の1%程度しかない。送電網を発電会社から分離して広域的に一元化する必要がある。送電網には強い規制が必要なので、東電はこの送電会社になり、発電会社は株式市場で分割して売却すればよい。

このとき、発電会社の採算性が市場で問われよう。原発のコストは、公式には化石燃料に近いことになっているが、総額で18兆円に及ぶ核燃料サイクルなどのコストが算入されていない。こうした巨額のサンクコストが電力会社が原子力に固執する理由だが、株式市場はサンクコストを無視するから、事故のリスクを入れてプラントの割引現在価値を計算すると、原発は火力発電に劣る可能性が高い。

発電方式として何を選ぶかは、株式市場で決めればよい。原発のリスクよりリターンのほうが大きいという電力会社の主張が正しければ、原発が市場で選ばれるだろう。再生可能エネルギーが原発より低コストだという反原発派の主張が本当なら、それを採用した企業が市場に参入するだろう。原発がいいか悪いか神学論争を繰り返すよりも、投資家に自己責任で選んでもらえばいいのである。

もちろんプラントの現在価値の計算にバイアスが入らないように政府が競争条件をコントロールする必要はあるが、発電会社は東電を最大5社ぐらいに分割できるので、基本的に自由競争で問題は起こらない。外資規制も不要なので、海外ファンドも投資するだろう。このように電力業界を全面的に自由化し、市場メカニズムを活用して日本経済を活性化することが、復興の制度設計のモデルとなろう。

コメント

  1. hogeihantai より:

    電力について国の役割があるとすれば、長期的には50HZをなくし60HZに統一を推進することです。最近の家電は殆どが50HZと60HZ両方に兼用できる。問題は産業用である。60HZ地区の機械を50HZで運転すると性能は大幅に落ちるものが多い。50HZ地区の既設の機械を60HZで運転すると過負荷になるが、ギア、プーリーの交換、ターボポンプや送風機はインペラーのトリミング等の微調整で対応出来るものが殆どです。

    汎用モーターは全て50HZと60HZ兼用だから全く問題がない。60HZは50HZよりモーターの回転数が20%高いので機械を小さく安価に出来るメリットもある。従って、漸次50HZを無くし将来的には60HZに日本全国統一することが電力の融通を考えれば望ましい。

  2. worldcomw より:

    分社化は賛成ですが、問題は以下のコストをどこが負担するか、です。
     1.賠償費用
     2.福島第1の廃炉費用(通常廃炉からの増加分)
    負担者としては
     A.関東原発会社、或いは関東発電会社
     B.関東送電会社
     C.関東以外の発送電会社
     D.税金
     E.清算事業団

    関東の人はCやD・Eでも構わないでしょうが、それ以外の地域の人は
    絶対に反対するでしょう。これを争点に国政選挙が行われると、
    面白いことになりそうです。
    一票の格差を是正すれば、選挙でもCDEが選ばれそうですが、
    そうなったらそうなったで、悪いことでも無さそうです。

    楽しみです。

  3. netra3 より:

    まったく仰る通りで、一時期は池田氏が無意味な神学論争にはまるかと心配したが覚醒したな。
    枯渇性の資源はウランであれなんであれいずれ枯渇するもの。その意味で、誰もが代替エネルギーを模索するのは当たり前のこと。原発か自然エネルギーかという問題ではない。

  4. kokusa より:

    今回の事故が起こる前であれば、こういう議論もあって良いかもしれませんが、巨額な補償費を電力会社に「一義的に」負担させるとするなら、国は逆に会社を分割させないでしょう。
    また、原子力発電は市場原理ではなく国策として、つまりエネルギー戦略の一環で、単なるコスト論とは別の観点で行われていたのではないですか。原子力は化石燃料に代わるエネルギー源として、コスト「も」安いので推進されていたという理解です。それをコスト論だけで割り切るのは無理があります。
    そのエネルギー戦略も、今回の事故で見直しの対象となるでしょうが。

  5. kotodama137 より:

    賛同します。ベース電力をどうするかが議論の対象だと思います。かつて化石燃料から原子力にうつり、また別に移っても奇異だとは思いません。今回のように、ベース電力の原子力が今は割安でも、長期的には割高だということがわかった時が電力の自由化には、タイミングがいいかと思う。できれば消費側も電力を選べればもっと良い。

  6. mochibb より:

    やっと池田さんらしい記事で少しほっとしています。現状の原発はただ発電施設としてだけ見る事は出来ず、原子力ロビイストの利権確保の為の横暴と東電のだめ運営の上に成り立っていて、これを分割して考えることは不可能です。なぜならその腐敗構造によって運営されている原子力発電施設しかないからです。その意味でいくら相対的に安全で経済的だと言っても理解は得られないでしょう。健全な原子力(それがあるかどうかというのもありますが)の想像ができないわけですからこれはあたりまえの理屈でもあります。
    原発に反対するにしても、今のままではいくらデモをしても徒労に終わります。反対派はまず電力完全自由化を実現し原子力によらない電力を買う権利を確保すべきです。これが出来ることで初めて同じ土俵での戦いが始まる。いくら安くても原子力による電力が売れないのであればそれは成り立たない。今更にあまりにも原理的な話ですが、市場の自由化は倫理的活動を阻害する原因ではなく、選択の自由を確保することにより社会形式に倫理の介入を許容する機会をつくるわけです。

  7. eporo500 より:

    現在の、各電力会社がそれぞれの地域独占形態を取っているのは非常に良くない。
    プライド合戦が存在しており、東電には「関電の余剰電力など分けてもらいたくはない」などという固執もあると聞いている。

    今回の事故は、現在の国内の電力会社の在り方を根本的に変革する機会となるべき。