東電救済案への疑問

2011年05月05日 12:44

福島第一原発事故の被災者への補償について、政府原案と称するものが業界やメディアに出回っています。東電の今年3月期決算の発表に間に合わせるため、連休明けにも閣議決定する方針と伝えられていますが、決算発表というテクニカルな理由で拙速に東電を救済するこの案には疑問が多い。決算は半年ぐらい延期して、今回の事故の被害を調査してから行なうべきです。


この前提として、原子力損害賠償法に定める1200億円以上の損害を東電が負担するかどうかが問題です。日本経団連の米倉会長などは「今回の震災は原賠法にいう『天災地変』であり東電に責任はない」という露骨なロビー活動を行なっていますが、政府は今のところ免責しない方針のようです。ただ損害が確定しないと賠償できないので、朝日新聞のバージョンでは4兆円という上限を設けることになっています。

この救済案の盲点は、廃炉費用を考えていないことです。自民党の村上誠一郎氏の国会での質問では、汚染水の処理費用を「1トン2億円」と言っていますが、これは少量の場合で、今回はそのまま適用できないでしょう。しかし年内に20万トンともいわれる汚染水の処理や「水棺」処理のコストが数兆円になるのは確実で、引当もほとんど行なわれていない。これは政府の救済案ではカバーできません。

今後も未知の損害が出てくることが予想され、東電の経営には不確実性が大きい。東電の経営陣もいうように、今のままの東電がこうした損害をすべて負担する能力はないので、破綻処理で債権をカットする必要があるでしょう。星岳雄氏などは、会社更生法を使って東電を破綻処理すべきだと論じています。これは普通の会社の破綻処理に使われる手続きですが、債権の優先順位は次のように定められています:

  1. 共益債権:会社更生手続きと事業継続に必要な債権(税、事務所賃料など)

  2. 更生担保権(抵当権、質権など)
  3. 優先的更生債権:一般の先取特権など優先権のある更生債権
  4. 一般更生債権:優先権のない一般更生債権
  5. 劣後的更生債権:更生手続開始決定後の利息など

そして株式は通常は100%減資されるので、価値はゼロになります。このとき大きな問題は、被災者の損害賠償請求権が「一般更生債権」に該当するため、東電の場合は社債(更生担保権)に劣後すると考えられていることです。救済案の理由も、東電を破綻させると損害賠償ができなくなるためだと説明されています。

しかし損害賠償請求権を担保することだけが目的なら、他の方法も考えられます。たとえば政府が損害賠償のための基金をつくって賠償を代行し、東電が基金に対して支払いを行なえばよい。政府の債権は更生手続きでも最優先です。あるいは東電を存続会社と清算会社に分離し、清算会社に国が出資して賠償請求権を担保することも考えられます。この場合、銀行の融資がカットされると、東電の事業継続が困難になることも考えられますが、これは司法の場で解決するしかないでしょう。

いずれにせよ、政府が裁量的に介入して他の電力会社も巻き込む「奉加帳方式」で東電を丸ごと守る「政府原案」は、現在の東電の経営形態と地域独占を固定し、今後の電力業界の改革を不可能にする点で好ましくない。資本主義のルールで透明かつ公正に破綻処理する必要があります。

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池田 信夫
アゴラ研究所所長 SBI大学院大学客員教授 学術博士(慶應義塾大学)

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