首相公選について

2011年06月04日 09:58

私のブログで首相公選について書いたところ、井上晃宏さんから批判がありました。これは彼の先週の記事と同じ趣旨だと思われるので、簡単にコメントしておきます。


首相公選というのは、実質的には大統領制です。こういう二元代表制はうまく行かないというのが政治学の常識で、アメリカでもフランスでも「ねじれ」が日常化しています。議会で多数を占める与党の党首が行政府を率いる議院内閣制のほうが安定しているのが普通です。

実は皮肉なことに、大統領は「弱いリーダー」として創設された制度なのです。アメリカが独立して憲法をつくるとき、連邦政府の指導者が知事(governor)より強い権限をもつことを恐れた各州は、「会議を司会する(preside)者」という意味のpresidentという言葉をつくりました。だからアメリカの大統領の法的な権限は弱く、大統領選挙人によって選ばれるので直接選挙でもない。しかし中間集団の弱いアメリカでは、大統領が「国民統合の象徴」になり、法的には弱いが実質的には強いリーダーになりました。

日本の首相はこれとは逆に、法的な権限は強いのですが、選挙を経ないで選ばれることが多いので正統性が弱く、首相を生んだ党がいうことをきかない。利益団体や官僚機構などの中間集団が強いため、全体を統治するリーダーが生まれにくいのです。こうした利害対立を世論の力で押さえ込むには、小泉元首相のような「天才」が必要で、そういう特殊な才能がないと統治できない制度は欠陥があるといわざるをえない。

小泉内閣のとき、「首相公選制を考える懇談会」がこの問題を議論しましたが、結果的には憲法改正という非常に高いハードルがあることを確認しただけでした。憲法をいじらないで実質的に公選に近いしくみにすることも可能ですが、大した効果がない。

日本でも地方自治体は二元代表制ですが、うまく行っているケースも多い。ねじれを避けるには、首相公選と衆議院選挙を同時に行ない、参議院は廃止(もしくは衆議院に従属)するように憲法を改正する必要があります。この場合もイスラエルのように比例代表だと大統領が少数与党になってしまうおそれがありますが、小選挙区制ではまず考えられない。

チャールズ・テイラーも指摘するように、近代政治のコアにあるのが民主主義ではなく正統性(国家の求心力)だとすれば、戦後の日本政治に欠けているのは正統性です。戦前は軍部の求心力が強すぎて暴走したのに懲りて、新憲法では国家の求心力を極力弱める制度設計が行なわれました。そのねらいは成功したともいえるわけですが、政治がここまで劣化すると、考え直したほうがいいでしょう。選挙制度のためだけにでも、憲法改正を議論する価値はあるような気がします。

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池田 信夫
アゴラ研究所所長 SBI大学院大学客員教授 学術博士(慶應義塾大学)

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