首相公選について

池田 信夫

私のブログで首相公選について書いたところ、井上晃宏さんから批判がありました。これは彼の先週の記事と同じ趣旨だと思われるので、簡単にコメントしておきます。


首相公選というのは、実質的には大統領制です。こういう二元代表制はうまく行かないというのが政治学の常識で、アメリカでもフランスでも「ねじれ」が日常化しています。議会で多数を占める与党の党首が行政府を率いる議院内閣制のほうが安定しているのが普通です。

実は皮肉なことに、大統領は「弱いリーダー」として創設された制度なのです。アメリカが独立して憲法をつくるとき、連邦政府の指導者が知事(governor)より強い権限をもつことを恐れた各州は、「会議を司会する(preside)者」という意味のpresidentという言葉をつくりました。だからアメリカの大統領の法的な権限は弱く、大統領選挙人によって選ばれるので直接選挙でもない。しかし中間集団の弱いアメリカでは、大統領が「国民統合の象徴」になり、法的には弱いが実質的には強いリーダーになりました。

日本の首相はこれとは逆に、法的な権限は強いのですが、選挙を経ないで選ばれることが多いので正統性が弱く、首相を生んだ党がいうことをきかない。利益団体や官僚機構などの中間集団が強いため、全体を統治するリーダーが生まれにくいのです。こうした利害対立を世論の力で押さえ込むには、小泉元首相のような「天才」が必要で、そういう特殊な才能がないと統治できない制度は欠陥があるといわざるをえない。

小泉内閣のとき、「首相公選制を考える懇談会」がこの問題を議論しましたが、結果的には憲法改正という非常に高いハードルがあることを確認しただけでした。憲法をいじらないで実質的に公選に近いしくみにすることも可能ですが、大した効果がない。

日本でも地方自治体は二元代表制ですが、うまく行っているケースも多い。ねじれを避けるには、首相公選と衆議院選挙を同時に行ない、参議院は廃止(もしくは衆議院に従属)するように憲法を改正する必要があります。この場合もイスラエルのように比例代表だと大統領が少数与党になってしまうおそれがありますが、小選挙区制ではまず考えられない。

チャールズ・テイラーも指摘するように、近代政治のコアにあるのが民主主義ではなく正統性(国家の求心力)だとすれば、戦後の日本政治に欠けているのは正統性です。戦前は軍部の求心力が強すぎて暴走したのに懲りて、新憲法では国家の求心力を極力弱める制度設計が行なわれました。そのねらいは成功したともいえるわけですが、政治がここまで劣化すると、考え直したほうがいいでしょう。選挙制度のためだけにでも、憲法改正を議論する価値はあるような気がします。

コメント

  1. agora_inoue より:

    >日本でも地方自治体は二元代表制ですが、うまく行っているケースも多い。

     うまくいっていないケースもたくさんあります。大は、田中康夫長野県知事、小は竹原信一阿久根市長。
     首相に正統性が付与されない理由の一つは、議会選挙がまだ十分に政党主体になっていないことです。長らく中選挙区制(大選挙区単記制)という、世界に類を見ない奇妙な選挙が続いたために、それが廃止された後でも、政党が前面に出て来ない。
     地方選挙が大選挙区単記制のままという状況も、地方と中央の人的交流を考慮すると、中央政治に悪影響を与えています。
     政党を選ぶということは、結局、党首を選ぶということなのだから、党首(首相予定者)に正統性を与えるには、政党主体の選挙を強化していくしかないと思われます。

  2. conan_the_third より:

    制度が問題ではなく、あくまでも国民のニーズと選ばれる人の資質でしょう。政治が国民のニーズからズレているのが問題ではないですか。いざ総理大臣になっても、官僚組織に絡め取られるだけではどう仕様も無い。一国民の感想です。

  3. rityabou5 より:

    これのテーマは2つあると思うのです

    ・どうやって(他の政治家をまとめれる)リーダーを選ぶか
    ・リーダーの元でどうやって運用していくか

    『池田信夫blog part2』の『小泉純一郎という奇蹟』にも書かれているように、昔は金の力でみんなをまとめていたが、それは上手くいかなくなってきた。

    おとついの「内閣不信任」ドタバタ劇を見て思ったことがある。民主党の『何がなんでも党の方針に服従しろ。体制に逆らったらおしおきだぞ』これを見て思った。民主主義の投票の意味を理解していないから、どっかの独裁国家みたいな強要を行うはめになるし、これでは人は付いてこないだろう。

    もしこれが、以下のような運営のしかたなら全然違うだろう。

    物事を決めるまでは自由に意見を表明してください。それが体制に逆らうものであっても弾圧しません。また自由な討論のあと、秘密投票します。不信任に賛成の票を投じても弾圧したりしません。しかし、多数決で決まったことには従ってください。(ただし何か問題が起きれば責任は全て幹部が取ります)それができないのなら、党から出ていってください。(小沢チルドレンみたいな存在がいますから、新人議員は1/4票とかにしてもいいです。参院選は1票の格差が5倍くらいあっても合憲ですから。)

    これなら全然違う。

    しかし、票は裏で金や利権で買収されたりするので、そういう事には厳しく処罰しないとこの方式はまともに機能しないが今の自民党レベルなら大丈夫だと思います。(自民党内でもT○udenに金で買収されていそうな議員が一部いますが…)

    民主党だと…金まみれのイメージがあるからなぁ

  4. i8051 より:

    「彼」が正統性を帯びるのは、「彼」の地位や権力の背景に信託がある場合であるはず。井上さんの議論が成立するためには、掲げる理念や政策をベースに政党は党首を選択し、有権者は政党を選択する、という個人主義的選択を重視する文化が必要条件なはずですが、この国で成立しうるのか。投票が権利行使ではなく義務遂行だと倒錯して認識されているこの国では困難かと。

  5. ikuside5 より:

    知事だと、民間から一発で選ばれることも可能ですけど、総理大臣だとそれはないですよね。どんなに民間でキャリアを積んで知名度があっても、国会議員になって一年生からスタートしなければならないわけで、議院内閣制だと古典的な政党人しか総理に選ばれないということでしかないような、そんな気はしますね。

    しかしこの政治の玄人というものが、今の世の中ではすごく特殊な存在でしかないということかと思えますね。政治のプロが政策に関しては素人であるような、そんな感じがします。だから国会中継はつまらないということかと思います。

  6. Yute the Beaute より:

    初代「強い大統領」はリンカーン。それは南北戦争という試練から生まれた、強い連邦政府の長という地位。

  7. tetuko_trail より:

    言った言わないで、現役総理と元総理が大ゲンカ・・・呆れて何もいえません。幼稚園だか子供園だか、知らないが、いまどきの幼児でさえ、TPOをわきまえて、もっと「賢く」口喧嘩するものかと・・全ては、二年前の「夏」間違っていたのでしょうね・・・二人には割増の「議員年金」でお引き取り願って、とっととマスコミにでないようにして欲しいと思うのは、私だけでしょうか?

  8. agora_inoue より:

    >この場合もイスラエルのように比例代表だと大統領が少数与党になってしまうおそれがありますが、小選挙区制ではまず考えられない。

    そうでもありません。
    日本ではなじみがありませんが、外国では大選挙区完全連記式の選挙区が存在しています。2人区で2票持っている有権者が、別々の党の候補者を1人ずつ書くという投票行動が観察されています。
    どういう心理に基づくのかわかりませんが、複数の票を持つ場合、同じ党の候補者だけに投票する人は、それほど多くないのです。

  9. katrina1015 より:

    合衆国大統領は日本でいうと陛下に近いですよ。国家元首および行政府の長ですから。継承権がありますから混乱もありません。合衆国大統領には法案の提出権もないようですし、議会への出席権もないようです。
    どうも日本では行政権と立法権の混同が見られるのではないかと思います。
    合衆国大統領においては、有罪になろうが任期が切れようが大統領であって、「元」はつかないみたいなんですが。
    総理大臣就任と同時に国会議員を止めさせるというのもあるでしょうね。