日本の政治家を尊敬する日が来るために

2011年06月09日 10:30

最近、「国民一流、政治三流」と耳にする。特に震災後、政府の対応と被災地の方々の対応を比較した場合、それはよく理解できる。しかし、国民が一流だと仮定した場合、「その一流の国民から選ばれた国会議員から構成される政府は、どうして三流呼ばわりされるのか?」という疑問が残る。

色々と異論はあるかもしれないが、ここでは日本人を国民として一流と仮定する。その場合、それらの人々から選出された人々の意思決定が「三流」呼ばわりされるのは下記の二つの可能性が考えられる。

1.一流の国民から選ばれる人々は当然一流、あるいはそれ以上の人々ではあるが、国会議員になった途端に「なんらかの理由」で堕落し始める。

2.日本人は個人として行動した場合は優秀だが、集団として組織されると三流以下の機能不全に陥る。

上記の二つの可能性のうち、2については疑問の余地が残る。集団として行動した場合でも、規律ある行動が取れるからこそ、これほどまでに日本の経済は発展したからだ。そうなると残された可能性は1つしかない。


企業のルールはある意味シンプルだ。原則的にはひとつしかない。それは「金銭的な利益を残さない限り、生き残れない」ということに尽きる。しかし、政治のルールは傍目から見ていても、よく分からない。「なにを、どのようにすれば政治家として出世出来るのか?」このことを明確に説明出来る人はいるのだろうか?

当選すればするほど、党内のステータスが上がるのは分かる。だが、彼らの利益と我々の利益はけっして結びつかない。彼らの当選回数などどうでもいい。自分たちの代表として、自分たちでは思いもつかないようなアイディアや、この国をより良くすることを期待されているはずだが、そんなことを彼らに言っても「君はまだまだケツが青いな」程度のセリフしか返ってこないだろう。

日本の政治家の根本的な問題は「彼らは自分たちの利益しか考えない」ということに尽きるのではないだろうか?そして、それがけっして国益として結びつくことがないのが一番の問題だ。

私企業の場合は、金銭的な利益を残せないトップはクビになることは当然だ。だが国の場合、本来の利益であるはずの「国益」をある程度無視しても、「自分たち(党、派閥)の利益」さえ確保していれば、延命できる。

青臭い話しかもしれないが、本来ならば「夢や語りたいこと」がなければ、政治家など志してはいけない。しかし、現実には政治家の適性ゼロの人たちが日本の中枢に長い間居座っている。彼らも最初はそのような志を持っていたかもしれないが、長い間かけて自分が所属する党、派閥の利益を優先している間に損なわれていったのだろう。

自分が生きている間に叶えたい夢がある。それは、発信力と影響力のあるブロガー、ツイッターの使い手、あるいはそれらをきちんと使いこなせる人たちが政治の中枢を担うことだ。オバマの例を取ってみれば分かるように、人々に夢や希望を抱かせるのは「ことば」だ。政策や政治信念ではなく、生のことばによって人々は揺り動かされる。(悪用される可能性もあるが、小飼弾氏ちきりんのような人たちが政治の中枢にいると想像すると、なにかわくわくする。もちろん、彼ら自身は政治家になるということになんの興味もないだろうが、政治家を志す人たちのなかに彼らぐらいの発信力と影響力のある人がいれば、希望を抱ける)

今の政治家の方々は、よく理解出来ていないようだが、人々が知りたいのは「なぜ?どうして?」ということだ。その説明責任を果たさずに、何を実行しても誰の理解も得られない。

近い将来、選挙中のネット活用は解禁されるのだろう。そうなれば、ツイッターやブログなどに対して何の理解もない老政治家たちは、かなり痛い目を見る。もちろん、それだけですべてが変わるとは思っていない。だが、テレビで政治家を見るたびに気が滅入る毎日よりも、彼らのことばによって勇気づけられる日が来るために、自分も彼らの動向に目を配り、ブログやツイッターなどで発言をして、ささやかながらも貢献をしていきたいと思っている。

株式会社ワンズワード 代表取締役 ブログ

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