発電単価というのは参考値にすぎない

藤沢 数希

原子力の経済性について疑問視されている。核燃料廃棄物や今回の福島第一原発のような事故の賠償費用を考えれば、もっと高いのではないか、と思われているようだ。そこで今回は発電単価とその意味について考えてみたい。

エネルギー源別発電単価
出所: 経済産業省、エネルギー白書 2008年度


まず、基本的なことだが、当然だがこれらの発電単価の試算には核燃料廃棄物の処理や、将来の廃炉にかかる費用などは含まれている。それが過小評価されているのかどうか、というのは大切は視点ではあるが。電力会社の決算書などを見ればわかると思うが、核燃料廃棄物の処理や廃炉の費用は、会計的にも毎年計上されている。

また福島第一原発の事故は、多くの人が思っているほど巨額なものではない。政府試算によると4兆円程度とのことだが、これは10万人にひとり4000万円ずつであり、かなり多めの試算である、との印象を筆者は持っている。また福島県の農業産出額は年間2450億円に過ぎず、農産物の風評被害への補償がそれほど巨額になるとは考えにくい。

それではこの4兆円は原子力の発電単価にどれほどの影響を与えるのだろうか? 日本の総発電量は年間1100TWh程度であり、このうち3割が原子力である。原子力を330TWhとすると、これで4兆円を割ってkWh当たりに直すと12円である。すなわち4半期ごとに1回、福島第一原発並みのメルトダウンを起こして、原子力はようやく太陽光発電の発電単価と同じぐらいになる。

これを10年間で支払ったとしても、5円程度の発電単価を1.2円引き上げるに過ぎない。実際に10年に1回もこのようなシビア・アクシデントを引き起こすことは考えにくく、50年に1回程度とすれば、発電単価をわずか0.24円上昇させるに過ぎない。原発事故による損害賠償の金額だけを考えるならば、日本全国の電力会社が強制加入する原子力共同保険を作れば、何ら問題のない負担なのである。残念なのは、絶対安全という建前に自らも縛れてしまい、このようなまともな保険がなかったことである。

またこの4兆円というのは、このまま原発が再稼働できずに、全ての原発を火力発電で代替した場合の追加的に購入しなければいけない年間の化石燃料費と同程度である。急進的な脱原発は、毎年、福島第一原発事故を引き起こすのと同程度の国民負担が発生するのである。

さまざまな研究者により発電単価は計算されている。おどろくことではないが、原子力は火力よりも高いという結論もある。しかしこれらの発電単価は、それほど大きな意味を持たない、ということを理解しておくことは重要である。これらの発電単価は、発電所を作るところから考えて、最終的に発電所を廃棄し、核燃料廃棄物の処理など、全てのコストをライフサイクル全体で考える、理論的な机上の話でしかないからである。そもそもダムを廃棄するコストはどのように考えればいいのだろうか。

また、エネルギー源の最適な組み合わせを考えるポートフォリオ問題において、過去のコストは何の意味も持たない。そこで意味を持つのは、これから数年から数十年の未来においてのコストとリスクであり、それは究極的には誰にはわからない。いうまでもなく火力発電のコストは非常に価格変動の激しい化石燃料の価格に依存する。また将来的には二酸化炭素に対する国際的な規制もきびしくなっていくだろう。原子力はプラントの建設コストは莫大だが、その後のランニングコストは非常に安く、安定している。しかし原子力には大きな政治的リスクが付きまとう。

そもそもポートフォリオというのは組み合わせが大切なのであって、単独のコストばかりが重要なのではない。天気まかせの風力や太陽光などは、それ単独では意味がなく、必ずバックアップする火力発電所が必要になってくる。それだけではコストが高い揚水発電も、原子力の安い夜間電力を使えば生きてくる。単独のコストばかりに注目するのはあまり意味がないのである。そして当然だが、国民生活にとって極めて大切なエネルギーのポートフォリオを、単純なコスト計算で少数のエネルギー源に集中させてはいけない。同じカゴに全ての卵を入れてはいけないのである。

よく原発を止めても、発電単価の安いLNGなどで代替すれば、電気代は上がらない、などという人がいるが、それは根本的に大きな間違いである。もし化石燃料価格がそれほど上がらず、耐用年数が過ぎた原発をLNG発電所などに今後30年程度の時間をかけて切り替えていけば、確かに理論的には発電単価はあがらない。しかし、日本が直面している定期点検中の原発が再稼働できないような状況で、そういう議論は全く意味をなさない。耐用年数に達していない原発を止めて、その分を火力で代替すると、原発と火力のダブル・コストで、同じ電気を得るのにほぼ2倍のコストを払うことになる。原子力発電所のコストの7割はプラントの建設コストの償却であり、発電しなくても原子炉の中の核燃料は核崩壊により熱を発し続け劣化していき、その管理にもコストがかかる。

急進的な脱原発は、追加的な化石燃料の購入費だけで、毎年4兆円にもなる国民負担を発生させるのである。4兆円で済めばマシな方で、実際には電力不安による産業空洞化により経済損失はさらに大きくなる。放射能など原発の危険性を不必要に煽り、自然エネルギーがあたかも原発を置き換えるような幻想を国民に抱かせ、これだけの経済損失を与えた著名人やそれに阿た無責任な政治家たちの罪はあまりにも重い。

参考資料
原子力発電がよくわかる本、榎本聰明
激化する国際原子力商戦―その市場と競争力の分析、村上朋子
日本のエネルギー・フローの全体像を理解する、金融日記
原発ゼロにすると大気汚染の増加で何人ぐらい死ぬのか? 金融日記
自然エネルギーの不都合な真実、アゴラ