船頭だってアウトドアガイド - リュウ・タカハシ

アゴラ編集部

天竜川の痛ましい転覆事故について、ライフジャケットや操船技術、救助訓練などの安全基準不備がとりざたされている。あまりのずさんさに開いた口がふさがらないが、ニュージーランドで長年シーカヤックガイドをつとめた後も危機管理の研究を続けている僕にとっては、根本的な問題が一つ見落とされているような気がしてならない。


それは「川下りはアドベンチャーツーリズム、船頭はアウトドアガイド」という事実だ。
同じリバーガイドであるラフトガイドは厳しい訓練を積んで高い安全基準のツアーを運行するが、それでもときおり悲劇が起こる。

ところが川下り、船頭という言葉を使ったとたん、本質的に同じ商品がとてもゆるい基準で運行されてしまうのはどうしたことだろう。消費者側にも、ヘルメットライジャケなしの「ラフティング」に眉をひそめる人が、「川下り」ならば当然と受け止めてしまう不可思議な現象が見受けられる。

重ねていうが、両者は大同小異、本質的には同じだ。年配の「船頭」を起用してまったりした雰囲気を演出する「川下り」のイメージ戦略に異論を唱える気はない。しかし危機管理の視点では、川下り船頭とラフトガイドは同一である。

今回の事故で助かった61歳の船頭が「もう終わりだと思った」、「客のことを考える余裕はなかった」、「岸にたどりついでも這い上がる力が残ってなかった」と述べている。彼にリバーガイド適性がなかったことは、疑う余地がない。

いくら会社が厳しい安全基準を採用しても、ガイド適性のない者に安全なツアーを催行させることは不可能だという点を見落としてはならない。レスキュー(救助)は、アウトドアガイドの主要業務の一つだ。くり返すが、年配者をリバーガイドとして雇うなというつもりはない。しかし「年配のレスキュー隊員」を養成することは、たいへんな難行だという自覚のもとになされるべきである。

アウトドアツアーの本場ニュージーランドでは、リバーガイドは若者が主力の仕事だ。60代のガイドだって皆無ではないだろうが、彼らは加齢による衰えを長年の訓練と経験でカバーしながら仕事を続けているのだ。体力がなくなり技術習得が難しくなる年齢になってからガイドになったわけではない。

こんなことを考えると、今回の件は「人災以前」という感がぬぐえない。こんなお粗末な事故で命を落とされた犠牲者の皆様を思うとやりきれない。ご冥福をお祈りするとともに、大切な方を亡くされた皆様にも、心よりお悔やみ申し上げたい。こうした悲劇がくり返されないよう、表面的な言葉づかいにだまされず、本質をきちんと見つめなおすことを心がける必要を感じる。
(リュウ・タカハシ フリーランスライターアウトドアツーリズム・コンサルタント、危機管理コンサルタント ニュージーランド地方公務員(ネルソン市役所勤務))