日本でのリスクに関する考え方と、業務に与える課題とは

石川 貴善

東日本大震災からまもなく半年を迎え、9月1日は防災の日で、都内の道路封鎖など例年より大規模な防災訓練が行われました。
おそらく長年にわたって検討しており世論の反対を留意していたことが、環境が醸成されたために行われたのでしょう。その反面、8月は地方からの来客や癒しや気分転換などで、東京ディズニーランドへの入場者数が過去最多となりました。今後活動期に入っていると予想される大地震に加え、今年は台風など天災の多い年ですので、今後は長期戦に備えた段階になっていますので、身の回りのリスクを考える段階にあります。


日本でリスクに対する考え方が薄いのは、島国のため戦乱や争いごとに対する備えや意識がなくても良かった、というのがありますが、今まで海に隔てられた障壁も急激に小さくなっていますので、今後はリスクに対する考え方とその飼い馴らし方に関して、課題とポイントをまとめました。

リスクに関する考え方
(1)想定以上のことは考えない
敗戦・不良債権問題・津波・原発事故など共通していますが、「想定されるリスクまである程度対応できるが、それを超えた場合に思考停止になる」というメンタリティがあります。
人間の心理的特徴として「思いつかないことは考えない」特性がそのまま左右されていますが、日本型組織の中で場や空気を読むことに長けている特性で、おかしいとわかっていても進んでしまう、また同調圧力が強い中で沈黙の力が大きく左右していることに留意する必要があります。

(2)個人の物差し以上のリスクは急に寛容に
これも心理的な特徴として大きいのですが「普段の物差し以上のリスクになると、急激に寛容になりリスクテイクする」ことがあります。最も顕著なのがお金の使い方で、普段は牛乳のセールでわざわざ隣町まで買いに行く習慣でも、住宅ローンを組むときは一気に金銭感覚がゆるくなることは珍しくありません。
日常・非日常の差が要因ですが、イメージやムードに流されやすい風土ですので、その振幅が大きくなりやすくなります。
太平洋戦争開戦の決断は、石油の輸入が止められた中で「リスクは大きいけれども、今の勢力バランスのままならなんとかいける」と日中戦争の中でリスク不感症になっているさなかの判断でした。人間はあまりに大きな決断になると、往々にして甘くなりやすい傾向が出ますので、注意が必要です。

また日本でのリスクに関する考え方は「そうした話はするものではない」とする言霊信仰に限らず、未成熟な飼い慣らし方にも現れてきます。機械やメカなど、リスクあるものに対する飼いならし方としては、

1)役所や公的機関が規制する
最も多い方法ですが、法律だけではなく政令省令や規則・条例など多岐にわたります。安全性・公共性が関わるものは、レフリーとして監督指導したほうがよい、というのもありますが、その背景で権限や組織の拡大などのメリットもあるため、時代が変わって規制緩和を行うにしても、安全性の理由から遅くなりがちです。例えば自動車のタイヤ扁平率は、かつて安全性から規制されていましたが、性能向上に伴う緩和などが遅くなりました。
国民の側にも二言目に「政府は何をやっている」といった批判が強いことから、こうした傾向が強まる状況に変わりありません。

2)自主規制をする
所管官庁に言われるか業界内部で申し合わせを行うか両方の面がありますが、自主規制を取ることが多いです。最も一般的なのはオートバイと自動車にかけられた馬力規制ですが、表向きは自主規制でも官庁が「馬力を上げると事故が増える」と規制を図る意味合いが強いこともあります。

3)基本的な性能や安全性などを割り切ってしまう
これが最も多いですが「確率論的に考えれば極めて少ないため、安全性を考えるとコストが飛躍的に高まり割り切る」パターンは、今回の原発事故に限らず、色々な範囲で多いです。
太平洋戦争時の戦車・軍艦・戦闘機などはその典型ですが、戦車の砲塔と同じ火力でなくても壊れる戦車・容易に沈む軍艦・軽く作っているため空中分解しやすい戦闘機など、あまり想定していませんでした。

さらにリスク軽視が業務に与える課題として
(1)不測の事態に対応しにくい
日本的経営は”改善”といった形で少しずつ変化していくのは得意ですが、急激に外部の環境が変化した場合にはその対応が検討していない、もしくは場当たり的なものになりやすい傾向は否めません。

(2)計画自体に柔軟性や確実さが狭まってしまう
不測の事態が起こりえないという考えは、精神論としては有効な面もありますが、その反面で計画の変更や見直しがしにくいことは否めません。同時に当初の計画・方針・企業風土など神格化しやすくなり、視野が狭くなったり組織が硬直化しやすくなります。

(3)現場の負荷が高まる
計画や大局的なマネジメントの不備を、現場のオペレーションはがんばりで補う面が強くなり、今まではこうした面に頼っていることが大きかったですが、人口減少や高齢化の中で、そののりしろが狭まっていることは否めません。
例えばシステム開発のデスマーチなどはその典型ですが、こうした労務管理は現場にある程度のスキルとモラルがあることを前提としています。今後は労働力の減少や外国人労働者の拡大などを鑑みますと、こうしたハイコンテクストなモデルは既に限界を迎えていると言わざるを得ないでしょう。