「カレログ」が「AppLog」に及ぼしたアンカリング効果の弊害 - 村井愛子

アゴラ編集部

行動経済学において、係留と調整のヒューリスティックというフレーズがある。被験者に二つ質問を行うと、無意識のうちに一つ目の質問の答えが、二つめの質問の答えにも影響を及ぼすという現象である。この二つの回答に相関性は全くない。これは、人が直感的に意思決定をする際に、一つ目にあたえられた情報を無意識に参照点として、そこから調整を加えて意思決定を行い、推定に至るプロセスを証明するという実験である。これを係留と調整のヒューリスティックという。


先日Androidに特化したビジネスを展開するミログ社が、アプリケーション分析サービス「AppLog」をリリースしてスパイウェアではないかとバッシングを受けた件があった。アプリ開発者は、ミログ社より提供される「AppLogSDK」をアプリに組み込むことにより、ユーザーのアプリ利用状況がAppLogへと送信されて1台につき1円がもらえるというサービスである。ミログ社としては、解析情報を基盤としたオーディエンスターゲティング広告を、広告代理店のmediba社と提携して配信するという意図があった。多数のデベロッパーが月数千のADNWによる売上しか手に出来ていない中、ミログ社はスマートフォン市場におけるビジネススキームの本丸にいち早く気づいていたのだと思う。アプリの供給プラットフォームが世界規模になるということは、顧客も世界規模になるということだ。この各顧客のビックデータをいかに取得してデータマイニングするかということが、最も重要であることを見抜いていたのだ。顧客のデータは、ターゲティング広告のみならず、あらゆるマーケティングに勝る最強のマーケティングデータとなる。

話が前へ戻るが、私がgoogle+へ書き込んだストリームを目にした人が「個人情報は大丈夫でしょうか」というコメントを書き込んだ。確かにそのとおりだ。非常にセンシティブな問題なので、事前に顧客へアプローバルを取り、かつ顧客へメリットを還元する形でないと受け入れられないだろう。結果的には「AppLog」のスキームに疑問符がつくところが多かったため、ネット上で論争が巻き起こり大バッシングされることとなった。そして、アプリに脆弱性が見つかり、サービス自体を一旦停止させる状況に至った。ミログ社の対応がまずかったのはもちろんだと思うのだが、タイミングが悪かった。この件に大きな役割を果たしてしまったアプリがあると思う。

カレログである。

“家族やパートナーが現在どこにいるかを把握する位置情報通知サービス”という名の下に、端末の電池残量や通話記録、インストールされたアプリまで全てを開示するというコンテンツである。ネットで大炎上し、最終的には個人情報保護の観点から総務省が動くことになった。ここまで記事を読んでくださった方はもうお分かりかと思うが、一連のニュースを見た私たちは「係留と調整のヒューリスティック」のバイアスにかかっている可能性はないだろうか。つまり、カレログは「AppLog」におけるアンカーの役割を果たしてしまい、スパイウェアアプリというレッテルの元に、二つの点と点か線で結ばれているような気がする。多くの人が「AppLog」の事象を耳にした時「またか」と呟いたはずである。

しかし、この二つの件の本質は全くことなる。今回の「AppLog」に関しては、少なくともミログ社はスマートフォンにおける世界規模でのビジネススキームを構築しようとしていた。不幸だったのは、はカレログ炎上から間髪おかずに「AppLog」が炎上してしまった点だ。「カレログ」によって総務省が動いている点についても私は若干の危惧を感じる。顧客から得たビックデータのデータマイニングは、今後のスマートフォンビジネスの本丸だと思われる。もし、法規制強化等の方向に動いたとしたら、またもや日本だけが閉ざされてガラパゴス状態になるかもしれない。

ちなみに私はミログ社を擁護しているわけではない。今回の件に関しては、ここに書ききれない部分で思うところがたくさんある。ただ、「カレログ」をアンカーにして同列で比較評価してはいけないという指摘をしたい。行動経済学では人間は直感的に物事を判断するシステムIと、分析的に物事を判断するシステムIIがそなわっているという。本件は、システムIIでちゃんと分析されるべき重要な案件であると思う。カレログの二の舞で片付けてはいけない。システムIだけで感情的に判断されてしまう重要事項は、しばしば後戻り出来ない結果を生む場合がある。首相をコロコロ変える国民の支持率だって、システムIで感情的に判断されているのではないだろうか。

村井愛子(@toriaezutorisan)