アゴラで何度も書いていることだが、現在の日本の放射線の被曝限度には科学的根拠がなく、これにもとづいて除染を行なうと莫大な社会的浪費が生じる。先ごろ来日したオックスフォード大学のアリソン名誉教授は、これに強く警鐘を鳴らし、月100ミリシーベルトに緩和することを提唱している。これは年1200ミリシーベルト、現在の基準の1000倍以上である。
これに対して武田邦彦氏は、科学的な証拠を無視して「国が決めた法律が正しいのだから守れ」と主張する。
1年1ミリ以上でも安全というデータは多くあり、また同時に1年1ミリ以下でも危ないというデータも多くある。自分の考えがどちらかでも、多くの子供が被曝している最中に、自分の意見に都合のよいデータだけを示して、子供たちを1年1ミリ以上の被曝をさせる権限は誰にもないことは明らかである。
彼はこういう話を繰り返しているが、「1年1ミリ以下でも危ないというデータ」があるなら、一つでもいいから見せてほしいものだ。アリソン氏が『放射能と理性』で多くのデータをサーベイしていうように、1回100ミリシーベルト未満の被曝によって発癌リスクが増えるという研究データは世界のどこにも存在しない。
広島と長崎の被爆者4万人についての近藤宗平氏などの調査でも、100ミリシーベルト以下の被曝による発癌率の増加はみられない。チェルノブイリについても、アリソン氏はこう指摘する:
チェルノブイリ原発事故では、最も高い線量の6000ミリシーベルト以上では21人中20人が死亡している。ただし、その下の4000ミリ~6000ミリシーベルトでは、21人中7人が死亡、さらにその下の2000ミリ~4000ミリシーベルトでは55人中1人が死亡、そして最も低い2000ミリシーベルト以下では140人全員が生き残っている。
議論の余地があるのは、微量の放射線を長期にわたって浴びる場合だ。これについては年100ミリシーベルト以下でも発癌率が高まると主張する論文もあるが、その影響はあるとしても受動喫煙より小さい。これが現在の医学界の「国際的コンセンサス」である。それが法律と違う場合には、変えるべきなのは法律であって科学ではない。
したがって1~5ミリシーベルトの除染によって健康被害が減ることはありえない。少しでも疑いがあれば安全側に立って基準を変えないというのは行政の立場としてはわかるが、機会費用を考えると、意味のない除染に数兆円もかけるより、同じコストを被災地の復旧にかけるほうがはるかに効率的だ。過剰な安全基準によって利益を得るのは、武田氏や自称ジャーナリストのように放射能デマを売り歩く人々だけである。
なおアリソン氏には私もインタビューした。近いうちにアゴラブックスからビデオクリップとして公開する予定である。