犯人を間違えた推理小説 - 『国策民営の罠』

2011年10月20日 22:21

国策民営の罠―原子力政策に秘められた戦い国策民営の罠―原子力政策に秘められた戦い
著者:竹森 俊平
販売元:日本経済新聞出版社
(2011-10-21)
販売元:Amazon.co.jp
★☆☆☆☆


世の中には、根本的な勘違いにもとづいて1冊の本が書かれることがたまにある。たとえば高橋伸夫『虚妄の成果主義』や菊澤研宗『組織の不条理』などがその例だが、本書は経済学界の売れっ子、竹森俊平氏の大失敗作である。

本書のテーマは「原発事故の処理はなぜこんなに迷走しているのか」という問題で、それを推理小説仕立てで追究し、最後にその犯人を見つけるというストーリーになっているが、気の毒なことにその犯人が間違っているのだ。

推理小説の犯人をいうのはルール違反だが、本書の名指す犯人は間違っているので書いてもいいだろう。それは「原賠法ができたとき大蔵省(水田蔵相)が問題を意図的に曖昧にしたため、政府の責任が不明確になり、東電が破綻しているのかしていないのかわからなくなった」というのだ。

これは表面的には正しいようにみえる。原賠法のもとになった答申を書いた我妻栄がいうように、原賠法第3条の「異常に巨大な天災地変又は社会的動乱によって生じたものであるときは、この限りでない」という規定は曖昧であり、日本以外の国では一定の限度以上は国家賠償とするのが普通だ。ところが財政負担を恐れた大蔵省が、責任逃れのためにこのような曖昧な条文にし、今回の津波は「異常な天災地変」ではないと民主党政権に吹き込んだことが迷走の原因だ、というのが本書の結論である。

これは私もJBpressで書いたことだ(この記事の「参考人」が我妻)が、我妻は著者の考えているのとは違う事故を想定している。それは原発が全面的に崩壊して数万人が死亡する事故(チャイナ・シンドローム)なのだ。そういう場合に賠償が(当初の原賠法の保険限度額)50億円ですむはずがないので、我妻の危惧は正しい。今回の事故では、彼の想定が当たったようにみえる。

しかし福島事故で放射能では1人も死んでいないし、致死量の放射線を浴びた人もいない。ではなぜ東電が債務超過になるのだろうか。その原因は、アリソンなどの専門家が一致して指摘する過剰な安全基準である。4兆5000億円と算定された賠償のほとんどは農産物の補償だが、現地を調査した高田純氏によれば健康被害の出るような農産物はなく、すべて風評被害である。もちろん住民は退避したので、死傷者は出ていない。

巨額の賠償や除染が必要になるのは、健康被害の出る水準の1/100以下に設定された非常識な安全基準を50年以上も改正しなかった政府(経産省)の責任である。もちろんこれはIAEAで決まっているので、日本政府だけが悪いわけではないが、被曝限度が年100mSvに設定されていれば、賠償も除染もほとんど必要ないはずだ。

これは著者のもう一つの間違いの原因ともなっている。彼は「原発のコストは石炭火力より高い」という事実を隠すために通産省が不合理な「産業政策」を推進してきたことが「国策民営」の失敗の原因だと考えているが、これも間違いである。

原発のコストの半分以上は安全対策のコストであり、それは誤った安全基準にもとづいているので、科学的に正しい基準で建設すれば、原発の建設費は(バックエンドを含めて)今の半分以下になるだろう。また運転費用が高くなる最大の原因も、日本の定期検査が長く稼働率が低いことである。

つまりビル・ゲイツも指摘するように、原発の建設費や再処理費用や賠償を巨額にし、エネルギー問題をゆがめている真犯人は規制の失敗なのだ。政府が犯人だという点では著者の見立ては間違ってはいないが、犯行内容はまったく違う。本質的な責任は、今回のような大規模な事故が起こるはずがないと高をくくって安全基準を見直さなかった政府や国際機関にある。

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池田 信夫
アゴラ研究所所長 SBI大学院大学客員教授 学術博士(慶應義塾大学)

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