TPPについてのよくある誤解

2011年10月30日 13:44

mca1110241205009-p1TPPをめぐる騒動は農業ばかり話題になっているが、ブログにも書いたように農産物への実質的な影響は少ない。食糧自給率なんて、あほらしくて論じるにも値しない。それより問題は、主としてサービス業の非関税障壁についての21分野の規制改革だ。今後のフロンティアはサービス貿易だからである。

左の表(クリックで拡大)は外務省の出した21分野についての交渉内容と「懸念事項」だが、率直にいって大した話ではない。医師会は「公的医療保険が崩壊する」などと騒いでいるが、医療保険は交渉対象になっていない。紛争解決機関を設けると企業が政府を訴える制度(ISD)ができることを問題視する向きもあるが、とんでもない話だ。今のように貿易障壁に対して異議を申し立てる制度がないことこそ問題である。

懸念があるのは、知的財産権について著作権保護を「死後70年」としているアメリカが日本に「ハーモナイゼーション」を迫ってくることぐらいだが、これは日本が拒否すれば条約には入らない。むしろルールが決まってから参加すると、アメリカの要求を飲むしかなくなる。


つまりTPPは、よくも悪くも日本経済に大した影響は及ぼさないのだ。それは日本がすでに輸出大国ではなく、関税も(農産物以外は)十分低いからだ。アメリカの関税も低いので、それを撤廃する効果は限定的だ。他のアジア諸国の保護主義をやめさせることには意味があるが、貿易の規模はわずかなものだ。将来、中国やインドや韓国との多国間協定ができる可能性もあるが、それは別の条約になるだろう。

反対派は「だからTPPにはメリットがない」というが、大きな間違いである。TPPの最大のメリットは輸入拡大なのだ。国際経済学でよく知られているように、関税を撤廃して所得補償に変えるだけで経済厚生は増加する。農産物についても、乳製品は軒並み300%以上の関税がかかっているが、これが撤廃されればバターやチーズの価格は大幅に下がるだろう。

もう一つ重要なのは、JBpressにも書いたように、日本はすでに所得収支の黒字のほうが貿易収支より大きい資産大国だということである。TPPよりも1ドル=70円台の円高の影響のほうがはるかに大きい。これは欧州の通貨危機による一時的な原因もあるが、貿易財の購買力平価でみても実質実効レートでみても円はまだ割安であり、この傾向は今後も続くと思ったほうがよい。

TPPのメリットをもっぱら輸出拡大に求める経産省の説明は、いまだに重商主義を脱却していない。経済界では「1ドル=75円あたりが製造業の脱出する分岐点だ」という声も強いが、これを「空洞化」と呼んで規制しようとするのは愚かな政策である。海外移転を禁じても、アジア諸国の安い輸入品が入ってくれば国内の雇用は失われるからだ。

問題は輸出を拡大することではなく、強くなった円をアジア諸国に直接投資して現地生産を拡大し、それを輸入して企業収益を最大化することだ。本社が日本にあるかぎり、この利益は日本に還元される。むしろ法人税を下げて本社が海外移転しないようにする必要がある。また現地生産を拡大するには、TPPで交渉対象になっている規制の標準化による経済統合が重要だ。

このような国際分業の拡大は、過渡的には所得移転と労働移動をともなうが、新興国との大収斂によって単純労働の賃金が低下することは避けられない。急速に労働人口が減少し高齢化の進む日本では、富を最大化して衰退を阻止することなしには、格差拡大の「痛み」をやわらげる所得再分配の財源も生まれない。グローバル化を拒否すると、みんなが平等に貧しくなるだけである。

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池田 信夫
アゴラ研究所所長 SBI大学院大学客員教授 学術博士(慶應義塾大学)

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