経済学に出てくる数学は、簡単な漸化式が主で、複素函数論や偏微分方程式といった高級な数学は出てこない。
専門誌に掲載された論文でも、ある程度の数学のリテラシーがあれば簡単に理解できる。
物理学の相対性理論、量子力学などと比較しても理論は貧弱であると言わねばならない。従って経済学では、物理学における、核分裂によるエネルギーの生成といった、思い掛けない結論が出てくることは期待し難い。
よって真っ当な経済学を用いれば、経済成長が劇的に加速するような手法が見つかることはない。
しかし、昨今、いろいろなメディアを通じて、経済に対する誤った議論を毎日のように目にするようになってきた。
このようなインチキ理論を見抜かないと、身を護れないが、こういったインチキを見抜くのは難しくない。
以下、簡単な方法を紹介する。
(1)スケールを小さくしたモデルを考える
「内国債は、国民の政府に対する貸付だから、内国債の増発は問題ない」、という議論を考えてみよう。
一見、正しそうだが、この場合、政府を自分とは無関係の第三者として考えているところに誤謬がある。
つまり、「政府」なるものが、国民の替わりに働いて借金を返してくれるわけではなく、国民からの税金が返済原資になっているところに間違いがあるわけである。
このような誤りを簡単に確認するには、国の替わりにマンションの管理組合を考えればよい。たちどころに誤りがみつかるだろう。
(2)時間軸を長くして考える
ここ10年ほどの税収弾性率は3.13程度だから、インフレ転換して名目成長率を高めれば、財政再建できてしまう、という議論を題材にしよう。
なるほど、名目成長率を上げれば、弾性値が3もあればGDPの伸びより税収の伸びが3倍も大きくなるので財政再建できそうである。
このような議論の誤りを見つけるには、時間軸を延長すればよい。もしこの状態が永続的に続いたとすると、一定以上の名目成長が続くと税収がGDPを超えてしまう。
これで矛盾が生じることが分かり、弾性値の理論的な期待値が1であることが納得される。
もちろん、上の議論では弾性値自身がインフレ率に非線形に依存するから、元々意味のない議論である。
同様に日銀の国債引受が財源にならないことも、同じように引き受けた国債がその後どうなるかまで考えれば、すぐにわかる。
(3)定量的に考える
インフレにすれば、名目成長率 > 長期金利 が実現し、いわゆるドーマーの条件が成り立って、財政再建できる、という議論を取り上げよう。
この議論の誤りは、名目成長率 > 長期金利 が期待できるということ自体にも問題があるが、名目成長率 - 長期金利 の大きさに注目しよう。 この値は、過去のデータを見れば、どう大きく見積もっても1.0%以上にはならないことはすぐにわかる。 仮にこの値が1.0%になるとしても、現在の日本のように単年度のプライマリーバランスの赤字がGDP比5.0%以上もあれば、簡単な計算から 財政赤字/GDP は長期的には5以上になることが分かる。
だからドーマー条件だけ満たしても財政破綻は避けられず、このようなことを議論するのは時間の無駄であることが直ぐにわかる。
与謝野-竹中論争は時間の無駄だったわけだ。
以上のように、インチキ経済理論を見抜くのは難しくはない。
簡単な論理的思考を用いれば充分である。
辻 元 (上智大学理工学部教授)