日米構造協議は非関税障壁についての日米協議で、正式には1989年に始まったのですが、いわゆる貿易摩擦は80年代前半から始まっており、私も日米双方に取材しました。このとき印象的だったのは、アメリカが日本の実態を実にくわしく知っていることでした。たとえば農産物の非関税障壁についてアメリカは、部外者にはわからないような細かい問題を指摘してくる。
なぜこうなるかというと、通産省(当時)がアメリカ側に情報を提供していたからです。私もよく通産省に呼ばれ、本館17階のレストランでご馳走になって資料を見せられ、「農水省はこんなひどいことやってるんですよ」と情報を提供されました。それをNHKが報道すると、アメリカ側が「NHKがこういう報道をしていた」と交渉の材料にするわけです。要するに「日米交渉」ではなく、通産省が農水省にやらせたいことをアメリカにいわせた「日々交渉」だったのです。
そして10年近い交渉の結果、何が実現したでしょうか。430兆円の公共事業と大店法の廃止だけです。公共事業は自民党が大歓迎だったし、大店法は通産省がつぶしたくてしょうがなかったものです(また新大店法として復活しましたが)。要するに、官僚のやりたいことだけが実現したのです。農水省は徹底的に抵抗して、細かい通関手続き以外は何も譲歩しなかった。
だから「TPPで日本が経済侵略される」なんて、こういう通商交渉の実態を知らない人々の被害妄想です。日本の官僚機構がやりたいことは実現するし、やりたくないことは先送りする。アメリカは、彼らの闘いを公開の場で演出するダミーに過ぎない。構造協議のころの日本のプレゼンスは今の中国ぐらい高かったので、外圧も非常に強かったのにこれだから、アメリカがほとんど関心をもっていないTPPで、実質的な変化が起こることはありえないと断定してもいい。
おそらく非関税障壁については何も前進がなく、農産物の関税引き下げが焦点になるでしょう。これは引き下げと一体で所得補償すればいいだけです。これはWTOでも決まっているルールで、民主党の農業戸別補償は、もともと日米FTAとワンセットで進めるはずでした。小沢代表の時代には、民主党はマニフェストで日米FTAを打ち出したのですが、小沢氏がそれを撤回して鎖国派に回ったので、TPPに参加するという戦術を経産省が考えたのです。
TPPがブロック経済だとかFTAでやれとか批判する人々は、こういう経緯も知らないで言っている。日本の官僚機構の実態を考えれば、TPPに参加するだけでも前進だし、参加しても農水省が徹底的に拒否権を行使して、何も起こらないリスクがいちばん高い。ただ、これを契機に人々がグローバリゼーションに関心をもったのはいいことで、もっと本質的な議論が必要です。