ノマドという時代の大きな波について:ジョブズの伝記を読んで感じたこと

2011年11月08日 08:23

人間は感情的な動物である。
そして物事を成就する・・・・もっと砕けた言い方をすると、仕事を前に進めたり、物事を前に進めたりするためには、その感情を抑えるか、爆発させるか二通りの方法がある。

スティーブ・ジョブズの仕事のやり方はもちろん後者で、若い頃は「怒れる若者」そのもので常に体制に対してアンチで、自分が正しくないと思ったものや人に関しては、徹底的に攻撃をした。

後年、アップルをクビになってからは、物事の進め方が少しはスムーズになり、その後アップルに戻ったあとは「あんな怒りっぽいやつにCEOが務まるわけはない」という懸念をよそに、素晴らしい成果を出した。

ただ彼は変わらなかった。アップルに戻ってからもめちゃくちゃだったし、常に相手をやり込めていたが、そのやり方がより巧妙に効果的になっただけだ。相手の弱点を見抜き、そこを徹底的につき、時には感情を爆発させて、相手をやり込める。


見方によっては詐欺師と変らないが、彼は自分が「より良いもの、より美しいものを作る」ためにすべてを犠牲にする覚悟でいたし、結果、世界を変えた製品をいくつか世に残した。(ニューヨークのMOMAにその製品がいくつか飾られてもいる)

一方、日本的なマネジメントはいかに感情を抑えて、人を制御するかにかかっている。何度か、アメリカ人のビジネスマンの営業に通訳として付き添ったが、彼らは日本人が一体何を考えているか分からないとこぼしていた。

「社内で検討します」「なにかあったら、ご連絡差し上げます」などは基本的にはすべてNOという返事だと教えても、彼らは納得は出来ないし、では次のステップとして何を提案すべきかを知りたがった。

日本では「イエス」というとその仕事に対して責任を持たないといけないので、誰もがイエスと言いたがらない。成果主義とは名ばかりで、最初の持ち点は100点としたら、あとはひたすら減点される。アメリカは最初の持ち点がゼロ点なので、とにかく目に見える成果をだそうと必死だ。日本の大企業ではミスを恐れるあまり、決断が遅くなりがちで、結果何かを成し遂げた人ではなく、ミスをしなかった人が出世することもままある。

そうして、ソーシャルメディアの波が日本を襲った。

佐々木俊尚 「ノマドの時代」

「それは会社としては許されない」「個人としてならばいいけど、会社として取り組むとのは・・・・」という言い訳に我々は聞き飽きたのかもしれない。やりたいことをやり、ダメならばダメで自分で責任を取る、そういう社会のほうが健全だと誰でも薄々気づいているはずだ。

出来るやつは出来るし、出来ないやつは出来ない、そのような当たり前のことを認めず、「全員平等」という幻想を企業として信じ込む時代はとっくに終焉を迎えて、我々一人一人がノマドとなり、自分という責任を全うする時代が来たのかもしれない。

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