アメリカという父親

2011年11月10日 00:26

與那覇さんも書くように、反原発と反TPPの言説には共通点があります。それは原子力やグローバリゼーションといった「近代」を拒否し、古きよき伝統に回帰しようという気分です。こういうロマン主義や疎外論の類はありふれたものですが、私が驚いたのはこのような陳腐な物語が21世紀になっても多くの人々に支持されることです。


そして日本人を疎外する元凶として、アメリカが強烈に意識されていることも共通です。内田樹氏は「なぜアメリカがこれほど強硬に日本のTPP参加を要求するのか?」という無意味な問いを発し、トコトン議論では元外交官の孫崎享氏が「TPPはアメリカの陰謀だ」という話を延々と展開する。私が「具体的にどういう陰謀をめぐらしているのか」と質問しても、何も答えられない。

こういう気分には、理由があります。日本は占領軍に押しつけられた「平和憲法」によって軍事力を奪われ、アメリカの占領統治のような状態にずっと置かれてきました。それに対するルサンチマンが、一方では反核=反原発の左翼を生み、他方では「戦後」を否定する国粋主義を生む。この点では反原発と反TPPは異なる流れの延長上にありますが、反米という気分は同じです。

彼らはアメリカをきらっているようでありながら、実はアメリカの強大な政治・経済的パワーにあこがれ、「反米」というポジショニングによって自己のアイデンティティを確立してきました。中野剛志氏と彼の師匠、西部邁氏の対話の中で、西部氏は「アメリカはTPPで日本をレイプしようとしている」と言っていますが、この言葉が彼らのアメリカに対するほとんど性的なアンビバレンスをよく語っています。

しかし日本がアメリカかぶれしているのは表層だけで、與那覇さんもいうように、その「江戸的」な部分――丸山眞男の言葉でいえば「古層」――は、よくも悪くも驚くほど変わっていない。そしていま起こっているのは、江戸末期に「外部」を拒否した尊王攘夷と共通の気分です。

丸山が指摘したように、尊王攘夷の背景にあったのは古きよき伝統への回帰ではなく、江戸的な秩序が壊れる中から生まれてきた下剋上の「解凍」でした。明治政府は、政権奪取のときは利用したこの武士のルサンチマンを、黒船に対抗するという大義名分でまた凍結し、軍という閉じた社会を再構築しました。丸山によれば、その矛盾が爆発したのがあの戦争だったわけです。

戦後の高度成長期にはそれなりに国家としてのまとまりをみせた江戸的システムは、それを支えていた成長が止まると「中心のない」構造の欠陥を露呈し、政治は戦国的アナーキーに回帰しつつあります。しかし武装解除された戦後の日本は、このルサンチマンを暴力で解き放つことができない。だから幼いころ父親から暴力を受けた子がそのトラウマを癒やすことができないように、いつまでもアメリカという父親から自立できず、折りにふれて反米感情として噴出するのでしょう。

しかし彼らは、父親を拒否して回帰すべきモデルをもっていない。丸山も指摘したように、「古層」は本質的には古代的な閉じた社会の意識であり、それを近代の開かれた社会で維持することは不可能だからです。それでも人々の中に1000年以上かかって刻み込まれた閉じた社会のモラルは、容易に消えない。この葛藤を、われわれはこれからも長く背負っていかなければならないでしょう。

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池田 信夫
アゴラ研究所所長 SBI大学院大学客員教授 学術博士(慶應義塾大学)

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