オリンパス事件と日本型企業統治の闇

2011年11月17日 02:02

オリンパス事件に関しては、すでに多くの記事が書かれているので、ここでは簡単にその概要を述べる。オリンパスは、20年も前のバブル期に、他の多くの日本企業と同様に「財テク」に手を出し、結果的に数百億円から1千億円程度の損失を抱えた。この損失を隠すために、海外のファンドを利用した仕組債により損失を先送りして、一時的に財務諸表から財テクの失敗を隠した。当たり前だが、損失そのものは消すことができないので、このスキームでは会計ルールの穴をついて、損失をある決算期に隠し、その損失をその後何年もかけて少しずつわからないように計上していく。この損失先送りスキームは、オリンパスの一握りの経営陣の間で内密に脈々と受け継がれていた。


ところが今年の6月にオリンパスCEOに就任したイギリス人のマイケル・ウッドフォードは、FACTAの記事をきっかけに、ケイマン諸島のファンドに消えた数百億円の不可思議な手数料に気がつき、そのことを菊川剛会長らの経営陣に問いただした。その結果、CEOを解任されたのである。

この粉飾決算の違法性やその市場への影響などは脇に置いておいて、ここではなぜオリンパスの歴代の経営陣は、このような牢屋に入りかねないような刑法に触れるリスクを犯したのか、なぜイギリス人のマイケル・ウッドフォードは自らが解任されるリスクを犯して歴代の経営陣を追求したのか、その背景を考えてみたい。小幡績氏も指摘するように、財テクに失敗すること自体は間抜けだが違法性はない。最悪の場合、経営者である取締役は株主から首にされるだけだ。それなのにオリンパスの経営陣はなぜ刑事犯になるような極めて割りに合いそうもないリスクを犯しているのか。逆にいうと、筆者にとってマイケル・ウッドフォード氏の行動は極めて合理的に思える。筆者が同じ立場であったなら同じ行動を取っていたことだろう。

マイケル・ウッドフォード氏は大胆なリストラ案を提示し、国内外の株主に極めて受けがよかった。彼は株式会社とは株主のものであり、株主利益の極大化こそ経営者に求められる仕事である、という極めて教科書的な企業統治を考えていたように思える。ところが、日本ではこれは典型的な企業統治ではない。日本では会社は株主のものではなく、コア正社員のものだからである。

日本の大企業では、将来の幹部候補であるコア正社員は、終身雇用で守られ、また同時に退職金など最後まで勤めあげないと損失が大きい報酬制度により会社に縛り付けられる。そして重要なことは、コア正社員は、会社特殊的な技術や知識を身につけていき、それらは転職先ではほとんど役に立たないことだ。よって、退職前に会社の外に放り出されることは、コア正社員にとって極めて大きな損失となる。日本型企業統治では、経営者はコア正社員の中から選ばえるのが普通だ。そして株主には「物言わぬ株主」になってもらう必要がある。このような会社特殊的なスキルしか身につかず、会社が倒産することによる損失が極めて大きいコア正社員こそが、会社の存続を誰よりも真剣に考えており、それゆえに企業統治の主権者になるべきであるという学説もある。

しかし、マイケル・ウッドフォード氏にとっては、オリンパスのリストラを見事に成功させ、プロ経営者のマーケットで自らの市場価格を釣り上げることが合理的な目的となる。プロ経営者としてのキャリアを磨こうとしている彼にとって、自分の知らない粉飾決算に巻き込まれて「共犯者」になることなど、損得勘定からいって狂気の沙汰である。だからそのような危険から自らの身を守るため、粉飾に関わっていた経営陣を追求し、自らは積極的にマスコミや規制当局に情報をリークしたのである。

その点、日本型雇用慣行、日本型企業統治の中でオリンパスの取締役にまで上り詰めた経営陣にとっては、とにかく会社の外に出る損失が極大になる。その高い地位はオリンパスの中でだけでしか通用しないからだ。よって財テクの失敗を認めて株主から取締役を解任されたり、また営々と引き継がれてきた粉飾を蒸し返して、マイケル・ウッドフォード氏がされたような「村八分」にされるリスクは、驚くことに刑事犯になるリスクよりも怖いものだったのだ。筆者は、そのことを思うと日本型企業統治の深い闇を感じるのである。

参考資料
オリンパス事件で露呈した「開かれた社会」の中の閉じた日本企業、池田信夫
オリンパスは何がどのくらい悪いのか? 企業や株式の価値は一つの切っ掛けで大きく変わりうるもの、山崎元
オリンパス問題の本質、小幡績
そもそも株式会社とは、岩田規久男
株主と債権者、金融日記

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