前回の投稿「放射能に対するぼくのあいまいな態度の理由と隠蔽の独特の臭い」に続けて、ECRR(欧州放射線リスク委員会)の科学担当委員・クリストファー・バズビー博士のサプリメント販売疑惑に接した時にぼくが取った行動を解説する。事の発端となったUKガーディアン紙の記事はこれらのリンクで読める:
Post-Fukushima ‘anti-radiation’ pills condemned by scientists
We need to talk about Sellafield, and a nuclear solution that ticks all our boxes
記事の大意は「低線量の放射線に被爆した場合、発癌リスクが高まる」と主張するクリストファー・バズビー博士が、日本で「放射線被曝に効果がある」としてカルシウム、マグネシウムを含む高額サプリメントを販売しているというもので、「自作自演」の疑惑だ。また、過去にバズビー氏が発表した研究内容にも問題があり、英国のウェールズ地方で低線量の放射線に由来する白血病の増加を示すとされる資料はデータが改ざんされている疑いも、専門家への取材をもとに指摘されている。
この記事が掲載された頃、日本語のツィッターではバズビー氏の内部被曝に関する主張や「低線量の放射線で発癌リスクが高まる」という仮説はじゃんじゃんとRTされ、報道にも上がっていた。社民党も「脱原発アクションプログラム」というPDF書類の中でバズビー氏の資料を参考文献にしつつ、強気の脱原発を押し出していた。そこにはこうある:
「ICRPの数字は、内部被ばくの影響が十分考慮されておらず、低線量の被ばくはこれより数百倍も危険とする、ECRR(欧州放射線リスク委員会)などによる有力な主張もある。」
「社民党 脱原発アクションプログラム」PDF書類へのリンク
また、報道以外のブログや雑誌記事ではバズビー博士の言い分を切り札に、原子力産業の陰謀論的な背景が特定できるかのように勝ち誇った論調が目を引いた。
核物理や生物学の面はそれほど理解できないが、もしもペテンだった場合は広くその主張が却下されているはずだから、学者による反論がないかを探した。また、面倒くさいからネット上で多くの人が参入して情報を提供しあう「クラウド・ソーシング=crowd sourcing」も誘導するような方向性を取ることにした。外堀から埋めるため、出ている情報をとにかく翻訳し、ツィートし続けるという作業だった。「バズビーはうそつき」とほのめかす情報だけをツィートしないように、同氏の支持を裏付けそうな情報も合わせてツィート。その結果TLは大きく膨れ上がった。以下の2件のTogetterに有志の手でまとめられている:
Togetterの1
“バズビー博士”による“反論”: モーリーによる怒涛のリポートっ!
Togetterの2
モーリーによる“バズビー博士”動画、レポート・解説 2011/11/28
ガーディアン紙に叩かれたバズビー氏はその後、事実上の雲隠れをする。だが支援者に自身の立場を弁明している動画がYouTube上で見つかった。バズビー氏は国際的な陰謀により、自身が狙われていると主張。またイラクのファルージャでは超小型の中性子爆弾が使用された、とも動画で発言していた。この新型兵器の原料であるとされる「赤い水銀」なる物質を調べると、元ネタにあたると思われる核兵器の陰謀説も見つかった。この時点で果てしなく黒に近いグレーとの印象が濃くなる。しかし主張の全体がペテンなのではなく、信ぴょう性のあるデータと裏付けのない主張が巧妙に組み合わされている。バズビー氏は「疑似科学」の路線をひた走っているのだ。
このスッパ抜きが滲み込むと、多くの団体はバズビーを前面に出さなくなった。だがその後、欧州・緑の党を含めてこの一件を「総括」していないし、バズビーの主張を分離する形でアップデートされた情報公開をする流れも見当たらない。今もツィッター上で「バズビー」と日本語検索すると、一次ソースとして胸を張って引用されている。脱原発・反原発の運動に関わっている団体や学者は「バズビー」を総括する必要がある。そうでなければ、運動の勢いを減衰させたくないから、あやしげな擬似サイエンスを科学データに混入させて「産地偽装」しているとの謗りを免れない。
ヨーロッパの脱原発陣営からはガーディアンの記事に対する辛辣な反論が噴出し、それをも同紙は掲載した。批判を読んでいると「こういう揚げ足をとって脱原発の流れを止めようとするのは人道的に問題がある」といった主張もあり、それはそれで部分的に信ぴょう性を感じさせるものだ。
Sellafield and the selling of nuclear ‘solutions’
また、2012年1月7日現在「Chris Busby」でニュース検索をすると「NWOイシュー」について記述するジャーナリストによる引用が1件出てくる。
IRAN War: The planned omnicide by American and European leaders
それ以外ではアルジャジーラがイラク・ファルージャ市で生まれた新生児の先天性障害(奇形)に劣化ウランや白リン弾の使用を関連付ける記事を掲載、バズビー氏の論文を引用している。
Fallujah babies: Under a new kind of siege
しかしメインストリームによる引用は、その後出ていない。
と、言うわけでね。このような情報吟味のサイクルを反復していると、最終的には劇的な気分や感情が徐々に失せていってしまう。冷蔵庫から出したコーラをコップに入れたまま放置すれば、炭酸が抜けてぬるくなってしまう。刺激がない。コーラとしての魅力がない。同様に、原発周りの情報もさまざまなフィルターをかけ、複眼的に検証し続けていると、すべてが地味な情報にしか見えなくなっていく。ただちに全炉停止、そのまま「お廃炉ございます」とは、ならない。東電前に集結して抗議行動を起こす気分にもならない。しかし反対にデモに行く群衆をなじったり嘲ったりする気にもならない。
一方で、じゃんじゃんと電気を使ってもう一度バブルが訪れるのを期待する気分にもならない。これまでのナイーブだった資本主義への期待がひしひしと裏切られ、金儲けが虚しいことなんだな、という厭世的な悟りの境地もうっすらと訪れたりする。宇宙船地球号の主役が人間ではないという気もする。自分たちの種を永らえさせたければ、短期的な判断で地面の中にある資源を食いつぶすような経済活動を続けるのは実に愚かしいことだという印象も濃くなる。しかしこの地球規模で壊れてしまったバランスを是正するには、ヨガで体を作り替えるぐらいに地道な日々の行動を重ね、新たな生活習慣を作っていくしかないだろう。そんな考えがゆっくりと意識に染みこんでいく。買い物をするときに「これはエネルギーを無駄に使い、世界中の格差を広める買い物か?それとも世界のみんながほんの少し有機的に助け合える行動か?」ということを考え、感じるのが生活習慣になる。地下茎が徐々に複雑で安定した根を張っていくような、ゆっくりとしたプロセスが自分の中で進んでいるのだ。
3.11以前、日本には世界中の問題が入ってこなかった。日本だけが特殊な時空にあり、多分アメリカの核の傘に守られているからなんだけど、憲法9条という方便で非戦が保証されていた。故・井上ひさし氏がメンバーであった「9条の会」の主張がとても現実味を帯びていた。平和の繭(コクーン)の中に安全の繭があり、さらにその中には自分からあまり考えないという繭があって、マトリョーシカ人形の奥に多くの人が暮らしていた。ところが3.11を境に、それらのコクーンはいっきに崩れ去った。最初から存在しない防波堤・防潮堤だったこともわかってしまった。その結果にわかに大勢の日本人がアマチュアの政治活動家、原発評論家として活動、いや活躍し始めた。どういう論理展開かTPPが原発と同じぐらい悪いものだという認識もけっこう広まった。「脱原発に1票、TPP反対」という文言がツィッターのプロフィールに含まれる頻度からも、それは読み取れる。
ぼくはこの異変を長期的にはポジティブなものだと考えている。
世界のあちこちで起きている甚大で複合した問題が日本人を直撃しているという実感が湧いているからだ。これから多少は左へ、そしてその後は右へと振りきれる世論もあるだろうが、日々の揺さぶりをくぐっていけば、日本社会の判断力は実地に磨かれていく。世界の現実と日本の現実がお互いに近づいていく日々でもある。条件付きで「日本の覚醒」とも呼べる。産声をあげた市民運動の行方や、いかに。他人ごととして見ている。
親方日の丸で居丈高に科学万能へと振り切れた意見。あるいは左派・革命理論の燃えカスがプルサーマルを思わせる純度でリサイクルされた意見。それぞれの言説がいかにして淘汰され、成熟していくのか。日本独自の新たな対話、ディベートの方法論が根づくことに期待している。楽観しているからこそ、日々RTされるでたらめな陰謀論と非科学性にも耐えられる。エコロジーにはまずジャーナリズムが必要なのだ。
最後に、こういう推進にも反対にも振り切れていない思考プロセスに魅力を感じた読者がいたとする。その人達には、さらに困らせてしまうような情報を提供しておきたい。ぼく自身が巧妙な印象操作を行っているリスクを加味してこの記事を読むべきだからだ。
ぼくの父親はかつて1968年から1976年まで広島市にある「ABCC」に研究医として勤めていた。「ABCC」とは原爆傷害調査委員会のことで、その後「RERF=放射線影響研究所」に改名している研究機関だ。当時ぼくは5歳から13歳だったが、このことからぼくの意見がアメリカ寄り、推進寄りだとするネット上の書き込みもある。東京新聞も2011年8月7日のコラムで「原爆傷害調査委員会(ABCC)は治療を一切しなかった。死者の臓器は米国で放射線障害の研究材料になった。まるでモルモットだ」と非難している。
そしてこの文章をぼくは日本語で書いているが、国籍はアメリカである。隠れた推進への誘導を受けないように、ご注意いただきたい。
また、ぼくは原子力業界からお金を受け取っている。元々「核兵器の拡散」に関して東工大で講演したことがきっかけだった。
講演した当時に書かれたブログ記事
b4log:「東工大にモーリーがやってくる!」って誰? 何しに!?
この時の講演内容が原子力業界の専門家たちに高く評価された。その人達は今日「御用学者」とも呼ばれているお歴々である。2008年から2011年2月にかけて中曽根元首相の通訳、原発従事者によるマラソン行事の司会、もんじゅにおける基調講演、高レベル放射性廃棄物の最終処理場受け入れに関する子供たちによるディベートの司会、なども依頼された。その都度、大小のギャラを受け取った。
「もんじゅフォーラム」の基調講演で「原発、反対!六ヶ所、ストップ!」と叫ばなかったことは事実である。かわりに「広島、長崎、チェルノブイリ、そして核兵器や核の技術が世界中に拡散していることを忘れずに」とは言ったが。
同じ時期にニュース番組を受け持っていたFMラジオのJ-WAVEで再三、「バランスのある原子力問題の討論を開催しよう」とディレクターに進言しては却下されていた。J-WAVEは原発問題に触れたくなかったのだ。したがってマスコミで原子力にまつわる推進・反対双方の不透明さを議論する機会は設けられなかった。
その後、脱原発色の強い祭りイベントにもトーク出演したことがあった。だが、公平な議論ができる場は脱原発派シンポジウムにはなかなかなく、原発業界側にしかなかった。実のところ、あまりこの問題に興味が沸かなかった。今も、あまり興味を持っていない。
その一方で、現在も進んでいるイランによる核兵器開発の疑惑には注目している。また、中国や韓国などの原発推進姿勢も隣国である日本に引っかかってくる。外交上のハードルがあるから、おそらく近隣の原子力開発に日本政府は何も言えないだろう。日本一国で脱原発を実現した場合、将来は周辺国から電力を買うという事態も想像できる。孫正義氏が提唱した「アジア・スーパーグリッド」などを参照いただきたい。その場合、ロシアからガスを買うウクライナと同様のリスクにさらされることになるだろう。原発の問題を日本一国で論じると、前提が情報不足のまま突っ走ってしまうことになる。
そして結論だ。「脱原発」の熱気を目の当たりにすると、いたいけな若者やママ達を悪い大人がそそのかして鉄砲玉にしている、という印象が強い。当たって砕け散るのは前に出て突撃をしている人たち。儲かるのは大人たち。こういうからくりがあるのではないかと思っている。いや、期待して待っている。バズビー氏の場合のように、華々しく馬脚を現す何かが起きるのではないかと。
しかしながら、ぼくがとうとうと述べた脱原発運動の問題点をはるかに覆すような重大事実がすっぱ抜かれる可能性も否めない。CIA→正力松太郎→中曽根→原子炉手抜き工事→過去にも重大事故の隠蔽→アメリカ政府との共謀→ICRPがデータを改ざんして公開していた事実→ついでに日本の原発では核兵器の原料を密かに製造してアメリカに提供→子供の鼻血が…ぐらいの陰謀が明るみに出れば、ぼくの自称ジャーナリストぶりは赤っ恥をかくことになるだろう。それも覚悟している。そのときは、ぼくがバズビーになる番だ。
モーリー・ロバートソン/Morley Robertson
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