エダノミクス対マエハラノミクス?

2012年01月08日 10:51

紙の新聞は読まないのでやめようと思っていたが、妻が「朝日はネタとしておもしろいので取ったほうがいい」というので、取っている。たしかに「フランスのブルーベリージャムが危ない」とか「ドングリが恐い」とか「牛乳は飲むな」とか、「プロメテウスの罠」はマンガよりおもしろい。


けさの朝刊1面の「エダノミクスVSマエハラノミクス」という記事も、ネタとしか思えないが、どうやら本気で書いているらしい。「脱成長派」の枝野氏と「成長派」の前原氏を比較しているのだが、朝日は「エダノミクス」に好意的らしく、こう書く:

枝野の言うとおり「雇用の質」は落ち、格差は広がる。給与所得者の平均給与はピークの97年の467万円から09年には約13%減の406万円に。日本の中間層はやせ細った。枝野は「企業収益を高めるため、労働コストをカットしている」と訴え、経団連会長だった御手洗冨士夫が率いるキヤノンの「偽装請負」を国会で追及した。

賃金が下がった(非正社員が増えた)代わり、日本の失業率はこれほどの長期不況でも5%程度だ。これは不況による労働需給の調整を賃金で行なったためで、賃金の下方硬直性の強い欧州では失業率は10%を超えている。朝日は賃金を上げて失業者を増やせとでもいうのだろうか。「雇用の質」とは意味不明な言葉だが、賃金さえ高ければいいというのなら簡単だ。政府が最低賃金を年収467万円にすればいい。

図のように「小泉政権で格差が拡大した」などというのは嘘で、小泉改革で景気が上向いた2006~7年には賃金は上がった。それがまた下がったのは、2008年以降の世界経済危機が原因だ。平均賃金はGDPの従属変数であり、(タイムラグがあるので)成長すれば賃金が上がるとは限らないが、成長しない限り賃金は上がらない

wage
給与所得者の平均年収(左・万円)と労働分配率(右・%)

では、賃金が下がったのは「企業収益を高めるため、労働コストをカットしている」からだろうか。労働分配率を見ると、賃金の下がった2008年以降に急上昇している。賃金はほぼ定額なので、売り上げが落ちると利益が減って労働分配率は上がる。つまり不況になると削減されるのは賃金ではなく利益なのだ。これは経営者なら誰でも知っていることだが、弁護士にも新聞記者にも理解できないのだろう。

成長を優先するかどうかというのは選択としてはありうるが、成長しないというのは低所得に甘んじるということだ。「脱成長」で賃金も雇用も増やせというのは、論理的に矛盾している。枝野氏が追及して朝日が大騒ぎした偽装請負騒動で、キヤノンは請負を切ってアルバイトに変えたが、それで労働者は幸福になったのだろうか?

朝日が「マエハラノミクス」と名づけているのは、前原氏の特殊な政策ではなく経済学の常識である。枝野氏の「[政府が]これから需要が伸びる医療、農業、新エネルギーなどに予算を集中し、雇用を移す」などという産業政策で経済を変えることはできないし、そんな予算もない。労働人口を移転するには、労働市場の流動化を促進するしかない。

要するに朝日が「対立」として描いているのは、古くさい社民政策と普通の経済政策の違いであり、そんなものは論争の価値もない。前者は民主党内では多数派かもしれないが、日本経済に有害である。それはこの2年半の民主党政権の実績が雄弁に物語っている。

こういう1面に載せる連載は1ヶ月以上は準備して部長級まで原稿を見るのが普通だから、このトホホな話が朝日の経済部の水準ということだろう。標準的な経済理論がすべて正しいとはいわないが、それを理解していない人が「成長を超える」政策を立案することはできない。新年早々、ネタとしても出来の悪い冗談である。

追記:労働分配率のグラフを追加した。

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池田 信夫
アゴラ研究所所長 SBI大学院大学客員教授 学術博士(慶應義塾大学)

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