原発再稼働と全体最適

池田 信夫

大飯原発の再稼働を民主党政権が地元に要請したことに対して、大阪市の橋下市長が「民主党政権の打倒」を宣言した。しかし大阪市の提示している「8条件」には法的根拠がなく、「原発から100キロ程度の府県との安全協定締結」を条件にしたら、全国の原発が永遠に再稼働できないだろう。


橋下氏は、「目先の『絶対安全』を求めてエネルギーコストを上げると、その負担は将来世代に転嫁される」という私の批判に対して、「エネルギーコストについてはきちんとした計算が出されていない」という。これは原子力安全委員会の計算のことだと思うが、議論があるのは建設費を含むコストで、燃料費は約1円/kWh。3~4円の火力より圧倒的に安い。逆にいうと原発を止めて火力を動かすと、2~3円/kWhの機会費用が出ることになる。

その結果、昨年の燃料費の増加は4兆4000億円。GDPの0.9%の損失で、日本は31年ぶりに貿易赤字になった。だから問題は、大飯原発が絶対安全かどうかではなく、そのリスクが機会費用より大きいかどうかである。福島事故の風評被害5兆円をIAEA基準の確率(10万炉年に1度)で割り引くと、54基ある日本では約2000年に1度だから25億円/年。日本の実績に合わせて50年に1度としても、1000億円/年である。どう計算しても、年間4兆円以上の機会費用よりはるかに小さい。

・・・と書くと「命の問題は金に代えられない」という類の反論があるだろうが、OECD諸国では過去50年以上の歴史で原発事故による死者は(福島を含めて)1人も出ていないので、これは経済問題である。むしろ毎年5000人を殺している自動車の社会的費用のほうがはるかに大きい。橋下氏が自動車を不問にして原発に「絶対安全」を求める根拠は、マスコミが騒ぐという以外にはない。

要するに、彼がエネルギー戦略会議で言ったように、「食品や交通事故などのリスクヘッジは社会的リスクの範囲でやろうとしているのだから、原発にだけ絶対的安全性を求めてはいけない」のだ。今後も原発を止めたたまにしておくと、日本経済はGDPの数%の損失を出し続け、製造業は日本を出て行く。そのコストは、最終的には電気代の値上げや雇用喪失として国民に転嫁される。

そういう計算をすることは「非人間的だ」などと批判を浴びるかもしれないが、橋下氏が労組と闘っているように、個別利害を超えて意思決定を行なうことが政治的指導者の仕事である。マスコミの騒ぎに逆上して絶対安全を求めるのか、日本経済の全体最適を考えるのか――今回の問題は、彼のリーダーとしての資質を問う試金石である。