もう宗教は、これで救われると言って金を集められなくなった --- 島田 裕巳

2012年04月16日 14:44

これはまだ大きく報道されているわけではないが、4月13日に名古屋地裁で興味深い判決が出た。

この裁判は、名古屋市の主婦(51歳)が、熊本市の宗教法人「肥後修験遍照院」と、その主宰者である下ヨシ子氏などを相手に約950万円の損害賠償を求めたものである。名古屋地裁は、宗教法人の側に主婦が儀式のために支払った金と慰謝料を含め、約610万円を支払うよう命じた。請求額を下回ったのは、最初の相談料などが差し引かれた結果で、宗教法人の側の完全な敗訴である。


これを報じた『読売新聞』(2012年4月13日付)の記事では、主婦は、体調不良や子どもの病気といった悩み事を抱えていたとされる。そんなところ、2002年8月にテレビ番組で肥後修験遍照院のことを知り、京都府宇治市にある同院の別院を訪れた。主婦は、その別院から「浄霊で魂を清めれば、災いから守られる」と言われたため、それから2008年11月までのおよそ6年間、「浄霊」などの儀式代として総計約530万円を支払った。

肥後修験遍照院の側は、女性は自発的に自分たちのもとを訪れたのであって、違法性はなかったと主張した。しかし地裁は、肥後修験遍照院の側は、儀式の後も「霊に取りつかれている」などとくり返し説明し、「不安に陥れたり畏怖させたりする行為は違法と認められる」と判断したのだった。

紀藤正樹弁護士のホームページには、肥後修験遍照院の集金システムが詳しく紹介されているが、それによれば、額は時期によって異なるものの、主婦の場合、最初の相談料として3万円を支払ったのからはじまって、浄霊が3万円、守護霊を入れる儀式が20万円と進んでいった。

しかも、守護霊に対しては月1度パワーアップする必要があるとされ、それが1回1万円。守護霊の上に守護神があって、これは主宰者の下だけが入れることができるもので120万円。これもパワーアップがあって1回3万円。そして、支配神が100万円である。主婦はパワーアップを何度もくり返すよう要求され、それで多額の金を教団に支払った。このやり方に違法性があると見なされたわけである。

近年では、統一教会の霊感商法に対する判決に見られるように、宗教団体がご利益があるとして信者から多額の金を出させることを違法とする判決が出るようになってきた。

今回の判決の特徴は、信者に金を出させた個々の行為について、いちいちその違法性を問う必要はなく、全体として「社会的に相当と認められる範囲を逸脱」しているときには、違法と判断してかまわないとしたところにある。これは、この種の訴えが容易になったことを意味する。

今から5年ほど前、保阪尚希という俳優が「出家」するという出来事が起こった。その際に、保坂が出家した先が、この肥後修験遍照院であった。この団体は宗教法人として認証され、その総本山が「六水院」であり、六水院として知られている。

六水院は主宰者である下ヨシ子の院号で、彼女は修業して阿闍梨の地位を得たとされている。阿闍梨とは、密教の世界で秘法を伝授された僧に与えられるものだが、山伏のような民間の宗教家が名乗っていることが多い。下の場合、真言宗や天台宗といった既成の仏教宗派から阿闍梨を授けられたわけではなく、いわば自前の称号である。

ところが、宗教に対して詳しくないテレビなどのマスコミ関係者は、阿闍梨の称号をありがたい由緒あるものと勘違いし、それで彼らを偉い宗教家のように紹介することがある。下はまさに、そうした形でテレビに出演し、その活動をアピールする機会を与えられた。下のことを知っているという人は少なくないだろう。

六水会のホームページを見てみると、良く言えば現代的だが、果たしてこれが宗教なのかと疑いの目を向ける人が出てきても不思議ではないものになっている。

六水院の側は、判決を受け入れず、自分たちの主張が受け入れられなくて残念だという声明を出し、控訴している。その点では判決が確定しているわけではないが、今回の判決が覆されなければ、今後他の宗教団体にも影響していくことになるだろう。

宗教に対して救いを求めて多額の献金をする人がいる。それで救われ、満足した人間はいいが、なかには救いを得ることが出来ず、献金したことを後悔する人たちも少なくない。

今回の判決は、救われると断言したり、より多くの献金をするよう誘導していた場合には、宗教法人の側が献金の返金に応じなければならないということを意味する。しかも、慰謝料まで支払わなければならないということは、そうした行為自体が違法と見なされたことになる。

判決では、儀式の効力が科学的に証明できないからといって、ただちにそれが虚偽であり、違法になるわけではないとしている。違法になるのは、いたずらに不安や恐怖を煽り、信者が自由な意志にもとづいて判断できなくなったときだと限定されている。

しかし、儀式などへの勧誘が行われる際に、信者の抱えている不安をかき立てたり、恐怖心を強めるようなやり方がとられることは少なくない。たとえば、世の終わりが迫っているなどという終末論的な予言は、多くの宗教団体が説いてきた。となると、宗教団体の行為のなかで、違法なものと合法なものとを区別することがかなり難しくなってくる。

その点で、今回の判決は、六水院だけではなく、他の宗教団体にとってもかなり厳しい判決と言える。いかなる名目であろうと、あるいはそのときは本人が承諾していようと、宗教団体が個人から多額の金を集めること自体が違法とみなされかねなくなってきたのである。

さらにそれは、宗教法人に対する課税の問題にもかかわってくる。宗教法人は収益事業には課税されているが、宗教活動には課税されていない。では、違法とされた方法で集められた金は、果たして宗教活動によるものと見なされるのだろうか。この点も問題になってくるかもしれない。

今や、あらゆる部門で「コンプライアンス」が求められる時代である。宗教法人もまた、その例外ではなくなってきているのである。

島田 裕巳
宗教学者、文筆家
島田裕巳の「経堂日記」


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