「ガラパゴスリモコン」の終焉~ブルーレイディスクレコーダーはそもそもアメリカで売ってない

新 清士

アメリカではブルーレイディスクレコーダーは売られていない。
だから、「ガラパゴスリモコン」は、そもそも存在しない。

ボタンが92個もある東芝製ブルーレイディスクレコーダーについて紹介した前記事へのコメントを頂いた方から、海外の製品はどうなっているのかというご意見を多く頂いたが、アメリカのケースを紹介したい。Amazon.comでは一種類も売っていない。だから、ボタンのみならず、ブルーレイディスクレコーダー自身が、そもそも、ガラパゴス製品としての色彩を帯びている。


■OSを3つ搭載しているらしいブルーレイレコーダー

相変わらず、東芝のブルーレイハードディスクレコーダーをいじっているのだが、気になることが出てきた。電源を入れた後に、やたら起動に時間がかかるのだ。計ってみると、実際の操作が可能になるまでに55秒かかっている。

テレビは数秒で起動することを考えると、不思議に感じる。どうも、ネットで検索すると同じ疑問を持つ人はいるようだ。特に、東芝製だけが遅いというわけではなく、他のメーカーでも30秒程度かかるのは当たり前のようだ。それで、組み込みチップに詳しい方に絵解きして頂いた。

現在のハードディスクブルーレイレコーダーは、一般的に3つのOSを搭載しているのだそうだ。ハードディスクの制御OSとして国産OSのTRON、ブルーレイディスクの制御と書き出しのためにマイクロソフトの組み込みチップ用の専用OSのWindows Embedded Compact 7(もしくは、その前のバージョン)、その二つや全体を制御するためにLinuxという三種だ。

TRONは1984年に開発が始まった国産OSだが、一般のパソコン向けOSとしてはWindowsにまったくかなわなかった。しかし、無料で利用できる利便性から、組み込みチップ用の軽いOSとして使われるようになった。それが、2000年前後に、ハードディスクを搭載したMP3プレイヤーが登場した時期に制御できるように拡張され、現在でもその機能は使われている。

一方で、2005年あたりから、Linuxが主流に変わった。しかし、過去の資産があるため、TRONとの混在環境が続いてきた。ところが、困ったことに、ハードディスクからのブルーレイの書き出しの制御は、現状の組み込み用のものは、Windowsしかないそうで、それを否応なく、採用するしかないようなのだ。

そのため、いかに簡素化された組み込み用のチップといえども、3つもOSを立ち上げていれば、それは時間かかるだろうと納得がいった。東芝製がそうなっていると完全に確認できたわけではないが、無理矢理な力業感を感じる。

■オンデマンドストリーミングが主流になりつつあるアメリカ

一方で、アメリカのブルーレイディスクレコーダーのボタンはどうなっているのか、気になっている方も多いと思う。実は、ブルーレイディスクに書き出して、自分のものとして保存するという文化そのものがアメリカにはない。そのため、そもそもそうした製品がない。

いま一大勢力になってきているのは、番組そのものをオンデマンドでストリーミング配信を行うサービスだ。特に、強力な存在になってきているのは、DVDやテレビ番組をストリーミングで見ることができるNetFlixや、昨年日本でもサービスが始まったHuluが強い。どちらも、月額10ドル程度(Huluは980円)でプログラムが見放題だ。

サービスはハードウェアを選ばない。パソコンや、PS3、テレビでもパナソニック、ソニー、ついでにiPhone、iPad、アンドロイド端末といったところが対応済み。こういうことでは、他社製のサービスを入れたがらない任天堂のWiiでさえアメリカで対応済み(日本も近日対応と発表)。

ハードを選ばないために、ユーザーにとっての初期導入コストも小さい。番組を見るためのインターフェイスも単純きわまりない。参考までに、NTT東日本が対応したセットトップボックスをリリースしているが、そのボタン数は15個

ユーザーが、いつでもほしい番組を見ることができると保証されることに慣れ、コンテンツを手元に所有する必要性がないと考えるようになると、環境は激変するだろう。ユーザーは自分の見たい番組を自分の見たいようにしか見なくなる。そうすると、まめにハードディスクレコーディングをする習慣自体が消滅する。

■物理メディアを持っている方がリスクへ

画質はNetFlixはDVD以上の画質をうたっているので、それほど悪くもない。海外ドラマが好きな人には、すでに物理メディアをレンタルするより安くなりつつあり、さらに今後、コンテンツの拡充が進んでくれば(例えば、角川が海外も狙って本格参入すれば)、劇的に状況は変わってしまうだろう。簡単操作で、コンテンツそのものが見ることができればいいや、という人にとっては、何年かで、必ず、ぶっ壊れる運命にあるハードディスクといった物理メディアを後生大事に持っている方がリスクへと変わる。

こういう理由で、ブルーレイディスクレコーダーは、世界最大のアメリカ市場に出て行けない。そのため、部品調達コストが減少する効果も起こりにくいので収益を出しにくい。テレビのそれなりの洗練さに比べて、レコーダーが劣っているように感じられるのも、開発が後回しになりやすいからだろう。

なぜ、こんなへんてこりんな状況になってしまったかというと、日本特有の様々なしがらみの結果な面がある。日本では、地上デジタル放送にしても、「コピーワンス」やら、「ダビング10」にしても、とにかくがんじがらめで、テレビという既存のビジネスモデルを守るように作られている。しかし、それはユーザーの利便性を無視している。そして、将来へのイノベーションの機会を失わせる

実際に、日本から新しいサービスモデルは立ち上がらず、気がつけば海外企業にビジネスの中核となるプラットフォームを押さえられるという、iTuneやAndroidやKindleなどの最近おなじみの展開に向かっている。

そう遠くない先、ガラパゴスボタンは絶滅の危機に瀕するだろう。その頃には、テレビやその周辺のビジネスも否応なく変わっている。

ただまあ、いきなりその未来になってくれないから、つなぎと思って買っているわけだけど……。

新清士
ジャーナリスト(ゲーム・IT) @kiyoshi_shin