親と子の絆 ─ 愛とカネ ─ --- 片桐 由喜

2012年06月12日 08:10

■親子は相互扶養関係

高収入の芸能人を子に持つ母親が生活保護を受給していたと、話題になっている。もっとも、役所には「子供らは豪勢な生活をしているのに、親が生活保護をもらっていいのか」といった電話がかかってくることは、以前から少なくない。これらに、家族、少なくとも親子は養いあうべきであるという市民感覚がみてとれる。民法は親子の扶養義務を定めるから(同法877条1項)、この市民感覚は間違っていない。


■愛なくして扶養なしか

親子間に情愛があり、どちらか一方に経済的余裕があれば、民法を持ちだすまでもなく扶養し合う。収入のある若夫婦と赤ちゃんの世帯を考えれば、明らかである。赤ちゃんを愛する限り、彼らは誰に言われなくても、わが子を養い、守る。他方、中には、愛はあるが、一方にカネがない親子関係もある。たとえば、事業に失敗し、無一文となった子を持つ貧しい老親は、子に頼ることができないから、万策尽き果てた後には生活保護を受給することになる。これは、いたし方のないことであり、文句を言う人もいない。カネなくして扶養義務なしなのである。

問題は、カネはあるが愛のない親子関係である。このたびの芸能人とその親の間に情愛があったか否かは不明であるが、一般的に、生活に相当程度の余裕があっても親、若しくは子を扶養しないケースでは、そこに思いやりや愛は見出し難い。

マスコミは、愛の有無を問うことなく、カネがあるのに親を養しなわないことは、けしからんとの論調を張る。これに力を得た役所は、これまで以上に、扶養調査、同義務の履行を徹底させる実務運用を図りそうである。

■自尊心を守る生活保護法

生活保護法4条2項は生活保護の開始に先立ち、家族の扶養がまず行われるべきことを定める。しかし、この規定が徹底されていないことは、冒頭の事例のとおり、周知のことである。なぜなら、実は、立法者が4条2項は建前規定であり、仮にカネのある扶養義務者がいたとしても、保護をしない理由にはならないと言い、これをもとに、生活保護行政が行われてきたからである。マスコミが知ったら、許し難い解釈と非難すること間違いない。

ところで、借金やその保証は仲の良い家族間であっても、もっとも頼みづらい事柄である。ましてや、それまで疎遠な、あるいは不仲な親兄弟に対して、大の大人が生活が苦しくなった時に、いくらかでも養ってもらいたいと頼むことは、私たちにとってはひどく苦痛であり、自尊心が大きく傷つけられる行為である。日本人のそんな心情や、生活支援型の少額融資システムなどがないことが、我が国の消費者金融が大きく発展した原因の1つとも言われている。

前記立法者が、同条項を建前規定と位置付けることで守ろうとしたものは、私たちの自尊心、尊厳ではないだろうか。彼らが示す法解釈からは、だれであっても、貧しさゆえに屈辱的な思いをすることがないようにとの思いが伝わってくる。

■扶養義務の始末

とはいえ、くだんの芸能人のように年収数千万円を稼いでいるにもかかわらず、その実母は生活保護を受けているということは、市民感覚が許さないようである。また、今回の騒動を例にとっていうならば、役所が母親の心情をくんで、息子に進んで扶養を求めさせなかったとしても、彼ら母子間にある民法上の扶養義務関係が消えることはない。

そこで、生活保護法は、カネがあっても扶養をしない家族がいることを想定して、求償権規定を設け(同法77条)、そんな家族の逃げ得を許さない。この規定は、保護費を支払った市町村に、カネのある扶養義務者に対して、彼らに代わって支払ったとも言える保護費の一部、または全額を請求することができる権限を付与する。もっとも、この求償権は、行使するのに手間、ヒマがかかり、しかし、その割には成果が極めて小さいとして、ほとんど活用されていない。

保護を必要とする者の自尊心を守りつつ、扶養義務の懈怠、逃げ得を許さないためには、求償権の行使が有効である。現状では、上記理由から活発に使われていない権限であるが、使い勝手の良いものに制度改正するなど、工夫するしかない。

生活保護実務担当者は、窓口で扶養調査を厳しくし、扶養義務を徹底しようとすれば、水際作戦と責められ、今回のようにカネのある子がいるにもかかわらず、その親に保護費を支給すれば、これまた、世間から厳しく非難される。これらを回避するためにも、求償権行使がうまく機能するように、知恵を絞るしかないだろう。

ところで、経済力のある親が扶養の申し出をしているにもかかわらずに、子がそれを嫌って、生活保護を受けたいと言っても、その希望は認められないとした裁判例がある。親の愛情は、ありがたく受けなさいということなのだろう。血のみならず、愛とカネもまた、親子の絆なのである。

片桐 由喜
小樽商科大学商学部 教授


編集部より:この記事は「先見創意の会」2012年6月12日のブログより転載させていただきました。快く転載を許可してくださった先見創意の会様に感謝いたします。
オリジナル原稿を読みたい方は先見創意の会コラムをご覧ください。

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