ひさしぶりの「内部通報」ネタでございます。毎度申し上げておりますとおり、私は複数の上場会社や学校法人のヘルプライン(内部通報制度)の外部窓口を担当しておりますが、通報制度がうまく機能すればするほど、いわゆる「不誠実な通報」が増えてまいります。上司を左遷させるために虚偽の事実を申告するもの、ヘルプラインの対象とはなりえないような不平不満を長々と語るものなど、その内容は様々です。「うちの会社はホントに通報制度が使えるんだ」と社員の方々に周知されるほどに、まじめに対応するのがしんどくなってくるような案件が増えてきます。先日も、私の担当する外部窓口に、取扱いが難しい通報が参りました。ただし決して「いいかげん」な通報ではございません。
通報者は実名で上司のパワハラに悩んでいることを私に語りだし、私も(通報としては典型的な事例でしたので)手際よく記録票を作成しておりました。約30分ほどの事情聴取が終了。私は「あなたの通報については社内の担当者に記録を渡します。事案の内容からみると、おそらく上司に対する会社からのヒアリングが行われるであろう。そのとき、あなたの通報が上司に判明することになるが、それでもよいか」と確認をいたしました。そのとき、通報者は以下のように私に要望してこられました。
「通報事実を私の実名で会社に伝えてくださっても構いませんし、もちろん上司に私が通報したことが知れることについてもまったく問題ありません。ただ、今日の通報を会社に伝えることは少しだけ待ってもらえますか?私は外部窓口にパワハラの件を通報したことを上司に伝えて、自分自身で交渉したいと思います」
こういったヘルプラインの活用をされる社員の事例は私としては初めてであります。なるほど、外部窓口にセクハラ・パワハラに関する事実を通報したことで、これをネタにして上司と何らかの和解を図ろうという意図が通報者にある、ということです。たしかに上司としても、すこし後ろめたいところがあれば、ここで通報者と何らかの私的な取り決めをして、会社側からのヒアリングを避けたいという動機も働くかもしれません。もし部下の要求を上司が呑まなければ、部下はそのまま外部窓口を通じて通報を受理してもらう、という手段に出ることを画策するわけです。さて、こういった通報者の要望に対して、外部窓口担当者はどのように対応すべきでしょうか。
パワハラ・セクハラ案件については、通報者と対象者との微妙な人間関係に関わる問題があり、通報によって会社が速やかに対応することで、さらに通報者が窮地に陥ってしまう可能性があることは否定できません。したがって、会社側としても通報を受理した場合に、どのように対応すべきかは悩ましいケースも出てきます。
しかし、これはあくまでも会社側が不正な事実を確知した後の対応であり、窓口担当者がヘルプライン規則に反してまで通報者の意図に沿って聴取した記録を留めておくこと(つまり通報があったことを会社に伝えないこと)は問題があると考えます。公益通報者保護法では、会社側が通報を受理したことに法的な効果が発生しますので、どの時点で通報が受理されたのか、会社側が知っておく必要があります。
また、任意の制度である内部通報制度においても、たとえば昨年8月のオリンパス配転命令無効等請求事件の高裁判決では、会社側が「決められた社内ルール」に沿って内部通報を受理していなかったことが、会社側が敗訴する重要な原因になりました。いったんヘルプライン規則を定めた以上、例外を許容せずに運用することが会社側に強く要請されています。このような理由から、私は外部窓口を担当する者として、いったん通報を受理した以上は、通報者の都合によって窓口限りで留め置くことはできない旨を本人に説明し、もし納得がいかないのであれば、いったん通報を取り下げてほしいと告げました。
同じようなことは、会社が従業員による横領被害を受けた場合などに、横領した従業員の刑事告訴をしながら被害弁償を迫る、というケースがあります。最近は警察のほうも、民民の示談交渉に利用されることを前提に告訴を受けることを嫌いますので、けっこう慎重に対応されることが多いと思います。内部通報制度も、会社が不正を速やかに受理して、これに対応することが目的なので、社員どうしの問題解決のためにルールに例外を作ってまで活用されることなってしまっては、かえって会社側が別のリスクを背負い込むことになります。こういった事例も、内部通報制度が実効性を持つようになればなるほど、新たに発生する問題として検討しておく必要があります。
なお、この説明は窓口で通報事実をすべて聴取した場合について述べたものですので、未だ通報事実の聴取を終了していない時点において、窓口で通報を留めておくことは何ら問題はございません(むしろ私の経験上、一回のやりとりで通報事実をすべて聴取し、記録票作成を完了したことの方が少ないように思います)。
編集部より:この記事は「ビジネス法務の部屋 since 2005」2012年6月12日のブログより転載させていただきました。快く転載を許可してくださった山口利昭氏に感謝いたします。
オリジナル原稿を読みたい方はビジネス法務の部屋 since 2005をご覧ください。