政界スキャンダルから考える一夫一婦制

石田 雅彦

野田政権が消費税法案成立へ向け、自公両党と擦り合わせを重ねています。どうやら修正合意したようで、今国会の会期内に採決、という流れになりそうなんだが、民主党内には小沢一郎氏らをはじめ根強い反対派がいる。

そんな矢先に出てきた小沢氏の離婚スキャンダル、というわけで、ネット上ではいろいろ取り沙汰されています。年配の人の中には、榎本敏夫氏前夫人、三恵子さんの「蜂のひと刺し証言」を思い出した人も多い。これはロッキード事件裁判の東京地裁公判で、田中角栄元首相の秘書だった榎本氏は丸紅からの金銭授受を知っていた、と証言したものです。自分の針を使えば死に至る蜂でもそれを恐れずに刺すこともある、というわけ。


文春記事の真偽は不明なので、父の日でもあるし、ここはちょっと「夫婦」というものについて考えてみたい。この先、ヒト以外の生物の事例が出てくるんだが筆者は、女性がいない世界で男性の存在価値は無に等しいが逆は真ではない、と信じているほどのフェミニストなので誤解ないようにお願いします。

つがいを形成する生物はたくさんいます。オシドリ夫婦、などと言われるように鳥類には多い。タンチョウ(ツル)のつがいは一生添い遂げる、などとも信じられています。

ところが、夫婦のきづなが強いといわれるモズでも、約1割の卵はほかのオスの遺伝子だった、という研究もある。かなりの確率で、メスは「不倫」し、オスもどこかの巣へ出かけて「間男」してるのではないか、というわけ。タンチョウのつがいも離婚したり再婚することが観察され、パートナーと生涯添い遂げる、というのが神話でしかないことがわかっています。

つがいを作る理由はあくまで子育てのためであり、メスの子育てをオスが助けなければ子孫が残せず、その種が絶滅してしまうからです。一夫一婦制の鳥類の場合では、必ずしも子育てを助けるオスの遺伝子を受け継いでいるわけじゃない。

つがいを形成する種は、子育てに手間と時間のかかる生物に多くみられます。ヒトの子どもも、自立するまでに時間がかかる。とても母親一人で子育てができないので、人類は太古から子育てを協力して行ってきた。母系集団のような社会や「家族」で協力することもあり、また多夫多妻制の部族民族もいます。

一夫多妻制も多い。一夫多妻制については、近代以前の厳しい自然環境でサバイバル脳力に秀でた男性が複数の女性と子どもを養う目的から生まれた風俗習慣だ、という考え方があります。たとえば、制度的に可能でも実際にできるかどうかは別で、イスラム圏でも何人もの夫人を持てるのは経済的に限られた男性だけです。もちろん、本来の目的が忘れられ、いったん法制化されると一方の権利は意図的に著しく制限されるようになる。

日本も戦後の憲法までは、姦通罪が女性と相手の間男にだけ適用されていたように実質的には一夫多妻制が認められていたんだが、これは封建時代に男系の遺伝子を残すための制度の名残でしょう。だから隔離環境の大奥なんてものが作られた。

つまり、子どもの親が誰かは母親しか確実にはわからない、というわけです。遺伝子解析技術が発展する以前、その子の父親は誰なのか発情期や排卵日を秘匿するヒトでは母親もわからないことがある。男系の種では、前のボスの遺伝子を残さず、メスに発情させるために「子殺し」が行われます。最近よく目立つようになってきた「幼児虐待」も、これと同じプリミティブな衝動から行われているのかもしれません。

鳥類の例にあったように子育て目的のつがいの場合、不倫や間男、離婚や再婚はごく普通に行われています。これは、なるべく多様な遺伝子を残そうという戦略、と考えられている。つまり、つがい形成は子育てのためでもあるが、より多くの婚外子を作るためのものでもあった、というわけです。

オスとメス、有性生殖というもの自体が多様性のために生まれた、と考えている研究者も多い。多くの脊椎動物には、免疫系のシステムがあります。遺伝子によって作られているこのシステムのおかげで、我々には病気への抵抗力があったり、がん細胞の増殖を抑えたりすることができる。

たとえば、ヒトには今のところわかっているだけで224種類という数の免疫関連遺伝子があります(Nature, Vol.401, No.6756, 1999, p.p. 921-923.)。それらの遺伝子を組み合わせると、とても多種多様で膨大な数のパターンになる。

こうした免疫関連遺伝子には、優性劣性の別はありません。父親由来の免疫関連遺伝子も、母親からもらった免疫関連遺伝子も、相互優性による免疫システムになっている。つまり、男性と女性で重なり合わず、それぞれ違う遺伝子を持っていれば、二人の間にできた子どもが対抗できる病気の数は増えます。

仮に父親が破傷風に強い免疫遺伝子をもっていて、母親が結核菌に強い免疫遺伝子をもっているとすれば、その間にできた子は破傷風にも結核にも強い体質を持つというわけです。ヒト以外の生物では、なるべく違う組み合わせになるよう、フェロモンなんかを使ってセックスする相手を探しているようなんだが、思春期の反抗期などで近親交配を避けるのも同じ理由からでしょう。

では、どうやって自分と違う遺伝子を持つパートナーを見分けるのか。これについて、研究者らが汗の染み込んだTシャツを被験者である学生たちに嗅がせた、という有名な二つの実験があります(Claus WedekindらBiological Sciences, Vol. 260, No. 1359. (Jun. 22, 1995), pp. 245-249、C Wedekind と S FuriProceedings of the Royal Society B: Biological Sciences. 264, 1471-1479, 1997.)。

そうすると、どうやら自分と違う免疫パターンの異性に惹かれるらしい。違うパターンのにおいに好感を持つということなんだが、これは男女とも同じような結果が出たそうです。そうか、自分と違う免疫関連遺伝子のタイプを持っている異性集団を見つけ、体臭をプンプンさせればモテモテになるのか!

ニホンザルでも同じような研究結果があります。ニホンザルではメスが優位の群を形成するんだが、従来からいる順位の高いオスより、下位のオスやよそ者、新参者のオスなどのほうがモテる。ニホンザルの遺伝子を調べると、子どもの父親は必ずしも順位の高いオスとは限らず、むしろこうした下位やよそ者のオスのほうがより多く父親になっていたというわけ。これも、おそらく遺伝子の多様性を高めるための行動でしょう。

これについては、熱帯魚のグッピーを使った実験(Robert OlendorfらNature 441, 633-636 ,1 June 2006)もあります。グッピーは、珍しい色柄のオスのほうが生き残る割合が多かった。個性的で「変わった」個体のほうがより多く生き残るので、常に多様な遺伝子が維持されるのではないかというわけです。これにも珍しい相手、新しい相手に惹かれる遺伝子のメカニズムが働いている。

その一方で、ヒトの女性は自分の父親の免疫関連遺伝子(HLA)のにおい、つまり遺伝子的に近い関係のにおいに安心感を抱くという研究(Suma JacobらNature Genetics 30, 175 – 179, 2002)もあります。ただ、これは性的に惹かれるというより、どうも安心できるというにおいらしい。ドキドキするのではなく、ホッとする癒し系のにおい、というわけです。

これらの実験結果の違いは、おそらく遺伝子の多様性を得るのと同時に、父親のように安心できる男性に子育てを手伝わせたい、という女性のしたたかな繁殖戦略が背景にある。セックスの相手、精子をもらう相手は違う免疫系のタイプ。結婚する相手、子育てを一緒にするパートナーなら同じ遺伝的なタイプで、というわけです。

最近ちょっと持ち直したようですが、少子化について日本では依然として大きな問題です。とりわけ先進国で、男女関係が変わってきていてもいる。日本では草食系男子が出現したり晩婚化や非婚化が進んだりしています。

一方で、フランスみたいに出生率を大きく回復させた国もある。フランスでナゼ出生率が上がったのか、と言うと、事実婚や非嫡出子が増えた、というのも一面の原因なんだが、保育所を充実させるといった実質的な子育て支援政策が強化され、その子の父親かどうかは別にしてパートナーの男性が積極的に子育てに参加できる社会制度になっていることも大きな理由らしい。ようするに、女性が子育てしやすい環境が整ったから、というわけです。

女性の社会進出が進み、法的にも経済的にも自立できるようになり、さらに行政や社会が充分な子育て支援をしてくれる社会では、男性が自分の遺伝子を残す目的としての「夫婦」はすでに有名無実化している。これからの男性たちは、互いに「自分の子ではないとわかっていても」子育てを助けるようになっていくでしょう。ちょうど鳥類のつがいのように。

一方、これだけ交通手段や通信が発達した時代では、遺伝子の多様性を保つことのほうが免疫力の高い子孫を残す上では重要だとも考えられる。ようするに、従来の経済的法的文化的な「子育て」と「遺伝的多様性」のバランスが崩れつつある。そうした社会では、婚姻制度と子育て支援についてさらに真剣に考えてみなければならない、ということです。

いずれにせよ、もともと女性はしたたかだ。ひと刺しごときで蜂のように死にはしない。離婚記事の真偽はわからないけれど、田中角栄氏になりたかった「豪腕政治家」小沢氏もやはり女性には勝てない、ということです。

石田 雅彦