日の丸OSというダメそうなアイデアの真剣な可能性?

2012年06月29日 23:30

今朝、ジャーナリストの佐々木俊尚氏がリツイートされていて知った、技術ライターの笠原一輝氏の記事を読んだ。

Microsoft「Surface」がPCメーカーに与えた衝撃


マイクロソフトが、新タブレットによって自らハードを作る決断をすることで、日本のPCメーカーはどういう影響を受けるのか?・・・という趣旨の記事だが、その中で笠原氏は、今後マイクロソフトがPCメーカーにとっての「競合」となっていくことで、協力関係が今までのようにスムーズにはいかなくなり、

おそらく、しばらくはOEMメーカーも今までと変わらずWindowsを自社製品のOSに採用し続けるだろう。というよりも現時点ではそれしか選択肢がないのが現実だからだ。だが、長期的な視野に立つのであれば、OEMメーカーは今後別の選択肢を真剣に考えざるを得ないだろう。

と述べている。そして、特に、「テレビ視聴できる一体型モデル」などの独自のユーザー体験で差別化を図っている日本のPCメーカーには大きな影響があるだろうと。

この記事を読んで思ったことがある。

こんなことを言い出すと、言い出した時点で「ダメアイデア」扱いされそうなのは承知の上で、でも一度ぜひ考えてみて欲しいこととして、

「国産OSの世界標準化」

を、アイデアだけでもいいから考えてみたいのだ。もちろん、そう簡単なことではないだろう。もう言い出した時点で「ダメそう」な雰囲気が漂っているのは承知している。

ただ、そこに可能性があるのではないかと思うポイントは以下の3つである。

・1 クラウド時代になって、OSの重要性は比較的低下していくだろう。
・2 マイクロソフトが世界中のPCを支配していることを、喜んでいる人ばかりではない。(というか大抵の人はムカツイてるはずだ)
・3 日本人だからできるグローバリズムの中の角の立たない身の振り方・・・というのがあるんじゃないか。

クラウド時代になって、PCにはブラウザさえあれば色々事足りる時代になってきていると思う。いや、「事足りる」とまで言うと大げさだが、今までは特殊なパッケージソフトをCDロムで買ってきてインストールしないと出来なかったことが、ネット経由でブラウザさえあればできるようになっている。

「どうしてもマイクロソフトオフィスが必要」「フォトショップや音楽ソフトなどの特殊なソフトが必要」という場合でも無い限り、特に個人ユースであればあるほど、OSがウィンドウズである必要性は低下してきているし、今後ともその必要性は低下し続けるだろう。

そこで、である。

マイクロソフトやビル・ゲイツ、そして私はこの人がキャラクターとしては結構好きなんですが、しかし彼らの「ビジネスのやり方」について「好きだ」と思ってる人は世界中にそうはいないように思います。

というか、真剣に嫌われていると言ってもいい。

ただ、今までは、豪腕だろうとなんだろうと世界中のPCを同じOSで稼働させる形にしたほうが便益が大きかったから、「しゃあねえな」と思っていたわけです。世界中の人たちは。

今後、その「OSの統一」の本質的必然性が下がってくると、その背後に隠れていた「なんであいつらに全部支配
されないといけないんだ!」という怒りが潜在ニーズとして浮かび上がってきても不思議ではありません。

そこで、「感じ悪くない手頃な代替案」があったら?と考えると、案外「静かな革命」が起きるポイントが将来やってきそうな予感がしませんか?

具体的には、いわゆる「ubuntu」みたいなリナックスディストリビューションの、「自分たち版」みたいなのを、徐々に作っていく・・・というのはどうだろうか?と考えています。

リナックス開発者コミュニティのオープンさに対して、「日本らしさ」というのは非常に相性が悪いように思えるかもしれません。

それに、それだったら「ubuntu」そのものでいいじゃん!というのも一理あります。

ただ、そういうオープンソース的なコミュニティの開発は、「最後の一歩」というか、日本における「らくらくホン」的な部分で一般消費者向けから遠いものになりがちな部分もあるでしょう。

そこの「ラストワンマイルのお化粧」を代替しながら、日本人ならではの「空気の読み方」で、開発者コミュニティの「アノニマス的な文化」の流れとケンカしないようにしながら、その時々の基本パッケージに、「自分たちならではのインタフェースの上乗せ」をするような協業プロジェクトが出来れば?

次世代の基本ディストリビューションの「主催者」としての信頼を得て、「マイクロソフトに税金払うよりゃよっぽどいい」的な広がりが期待できるのではないでしょうか。

ガラパゴスと揶揄されようと、まだあとちょっとの間は、「国内PC市場」という安定した市場で、「基本の数」を出せる特徴が日本のメーカーにはあるわけです。

最初はウィンドウズと同梱版で、どちらでも立ち上げられるような商品構成からスタートして、安定するようになれば、「希望者には、マイクロソフト税を払わずに済むパッケージもありますよ」というような形で販売していく。

もちろん、その「独自OS」で「課金して儲ける」ことは難しいかもしれませんが、そこで「主導権」を握っていれば可能性は広がるはずです。

独自ユーザー体験を作りこんで差別化することも比較的容易になるでしょうし、テレビとの連携や、ついでに、プレイステーションの過去ゲームを少額払えばダウンロードして遊べるようになってるみたいなことも可能なはずで。

うまく自分たちの長所が出せれば、「過去にスーパーマリオを売り込んだ時のような」形で生態系が形成できるかもしれません。

私はこの原稿を、ソニーのデスクトップ一体型PCで書いています。テレビのようなリモコンが付いていてテレビのように使える。ブラウザを開いている隣で、小窓を開いてテレビを流している・・・というのは、案外快適です。ここ数年テレビなんてほとんど見なかったのに、このPCにしてから結構馬鹿馬鹿しいバラエティすら「ながら」で見るようになりました。

このあたりの「ユーザーエクスペリエンスの独自性」を、うまく活かすには、OSレベルでの主導権を取って一体的に動かせるようになることが必要かと思います。今はウィンドウズの機能とぶつかり合ってかなりギクシャクしている感じがありますし。

私はIT業界や技術にそれほど詳しいわけではないので、基本的な認識の間違いがある記事になっているかもしれません。しかし、個人的に確信があるのは、「OSの全世界的統一の必要性」が下がってきたら、マイクロソフト的存在への反感が表に出てくるだろうということ、その時に、「感じ悪くない代替案」を提示できれば静かな革命が起きるだろうってことです。

今のIT業界はアメリカに牛耳られまくっていますが、そこに日本が噛みこんでいく時の可能性は、「アメリカ人のような豪腕」を目指すのではなく、「アメリカ人の豪腕ってムカつくよね」という潜在ニーズを、「静かな代替案」によって徐々に掴んでいくことではないか・・・・という風に、一般化できるかもしれません。

何か大きなアクションでもなければ、いつの間にかシャープがPCを作らなくなったように、日本からPCメーカーがなくなってしまうんじゃないかという危惧があります。それでもいいのかもしれませんが、しかし私は寂しい。

本記事は、ただのアイデア段階の話ではありますが、専門家の方々の、好意的な方向での議論・妄想・ブレストなどのキッカケとなってくれればと思っています。

倉本圭造
経営コンサルタント・経済思想家
公式ブログ「覚悟とは犠牲の心ではない」
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倉本 圭造
経済思想家、経営コンサルタント

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