書評:食品偽装との闘い─ミスターJAS10年の告白 --- 山口 利昭

2012年07月06日 10:42


食品偽装との闘い ミスターJAS10年の告白

当ブログ(ビジネス法務の部屋 since 2005)もすでに8年目を迎えておりますが、これまで多くの偽装事件についてエントリーの中で取り上げてきました。なかでも食品偽装事件につきましては、私自身が関与した事件などもあり、企業コンプライアンスを考えるうえで貴重なテーマとなっております。


ここ数年、食品Gメンと呼ばれる農水省の職員の方の活躍が時々新聞等で報じられるところでありますが、その食品Gメン(正確には「食品表示Gメン」と呼ばれるそうですが)のグループリーダーでいらっしゃった方が、退職を機に、監視専門官(及びその指揮官)として活躍されたこの10年を振り返る本を出されました。7月4日の発売日と同時に書店で購入し、一気に読みました。

日本の食品メーカーが、まさか故意に原産地表示を偽装することなんてありえない、といった意識で平穏な公務員生活を送っておられた著者が、2002年に発覚した雪印食品牛肉産地偽装事件の調査を命ぜられ、名門企業の生々しい偽装の実態に触れるところから本書は始まります。著者はここで雪印食品の社員が「これくらい、ほかのとこでもやっている」「肉の世界は、部外者にはわからない」といった言葉に衝撃を受け、食品偽装と闘う覚悟を決めることになります(最近の金融機関におけるインサイダー騒動にも通じるところがあるように思いますね)。

雪印食品事件をきっかけとして、農水省は「食品偽装を暴く」、つまり性善説から性悪説へと行政の発想の転換をします。つまり「パンドラの箱」を開けてしまうわけですが、そこから素人の調査集団の苦悩の日々が綴られていきます。著者は食品表示Gメンのリーダーとして、ミートホープ事件、不二家事件、白い恋人事件、赤福事件、船場吉兆事件などを手掛けることになるわけですが、新聞で報じられるところとは少し異なり、取締行政の立場からみた各事件は、「なるほど、取締る側からすると、このように映っていたのか……」と思うところの連続でありまして、非常に興味深い内容であります。たとえば著者からみて、食品偽装に手を染めた赤福という会社は(その抵抗ぶりから)「とんでもない企業だ」といった印象を当初抱くわけですが、ある時点から、「この会社なら大丈夫。かならず再生できる」と認識を改めることになります。どうして認識を改められたのかは、またお読みいただくとおわかりになるかと。

読んでいて、すこしドキッとしましたのは、私が会社側で関与していた事件についてもズバリの記述があったことであります(会社名が記載されていなかったのでホッとしましたが)。このブログでも過去に若干ふれておりますし、私の2~3年前のコンプライアンスセミナーにお越しになられた方がお読みになると、「ああ、あの件ね」とおわかりになるかもしれません(もちろん、具体的な社名についてはセミナーでも伏せておりますが)。行政官からみても、あの事件は特殊な事例だったのかな・・・と。また業界独特の「隠語」の使い方によって、「この内部告発はホンモノかもしれない」とか「この不正は組織ぐるみだ」といった推定が働くというあたりも、「なるほど……」と感心いたしました。

そういった著名な食品偽装事件の記述もさることながら、個人的におもしろかったのは後半部分の「ウナギ産地偽装事件」と「事故米転売事件」です。これはスキルアップした食品Gメンの方々が、組織としてどれくらい熱意をもって調査にまい進するものかを理解するにはたいへん貴重な記録であります。とりわけ事故米問題では、普段から検査活動に関与している組織と、そうでない元食糧庁の方々との調査内容の比較が興味深く、性悪説をもって調査を続けてきた検査官達が、いかにスキルアップをしてきたかが認識できます。食品Gメンと対峙する、ということは、このとてつもない組織を相手にしなければならない、ということがよくわかりました。

食品Gメンという行政官と政治との葛藤、法律との葛藤が最後に述べられていますが、これらは昨年8月に退職された立場だからこそ、お書きになれたのではないかと想像いたします。このブログでは何度も書いておりますが、やはり権力というものは、若い時から使い慣れた方々が「謙抑的に」行使するのが一番だと改めて思います。パンドラの箱を開けてしまったがゆえに、裏社会から何度も脅迫された、といったお話にも驚かされました。

法律家として、デュープロセスの観点から調査に問題が生じかねない部分もあるように感じましたが、なによりも強制調査権を持たない監視専門官が、企業の不正をどのような視点から眺めているのか、国民の生命・身体・財産の安全を守るために、どういった規制手法を実施するのか、という「行政的発想」を学ぶためにも、たいへん有益な一冊であり、企業コンプライアンスに関心をお持ちの方にはぜひともご一読をお勧めいたします。


編集部より:この記事は「ビジネス法務の部屋 since 2005」2012年7月5日のブログより転載させていただきました。快く転載を許可してくださった山口利昭氏に感謝いたします。
オリジナル原稿を読みたい方はビジネス法務の部屋 since 2005をご覧ください。

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