取締役会での発言と記録はどうすべきか --- 山口 利昭

アゴラ編集部

この6月22日に東京地裁でアーバンコーポレイション株主損害賠償請求事件の判決が出ております(判決全文は朝日「法と経済のジャーナル」にて閲覧可能です)。会社自身の損害賠償責任を求める裁判ではなく、虚偽記載の有価証券報告書、臨時報告書等を開示した時点における役員の責任(金商法上の民事責任 同法24条の4参照)を求める裁判であります。基本的には虚偽記載があり、この記載によって投資活動を行った株主が損害を被った場合には認められるものですが、いちおう役員側にも開示するにあたっては相当な注意を怠らなかったことが証明できれば免責されることになっています。


このアーバンコーポレイション事件判決では、BNPパリバに対してCB300億円を発行する手続きに関与していた役員、開示内容を決定する取締役会に出席した役員、そして諸諸の事情によって同取締役会を欠席していた役員に分類し、関与役員および取締役会に出席した役員(取締役、監査役を含む)については民事責任を認め、いっぽう取締役会を欠席していた役員については虚偽記載を指摘する機会がなかったので「相当な注意を怠った」とは言えないとして免責されております。取締役会で開示内容について疑義を呈した役員さんはいらっしゃらなかった、とのこと。

本件以外にも、たとえば昨年の大王製紙事件における特別調査委員会報告書では、元会長個人に対する関連会社からの短期貸付金の存在を知らなかった監査役については、道義的な責任はあったとしても、法的にはやむをえないものであって善管注意義務違反には該当しないとの判断がありました。また、平成12年の判例ですが、大和銀行株主代表訴訟判決においても、ニューヨーク支店における財務省証券の保管残高の確認方法が適切でないことを知りえたのは現地に往査に赴いた監査役だけであったとして、きちんと往査に出向いた監査役だけが任務懈怠を認定され、それ以外の監査役には認定されませんでした。こうやって判例等を眺めておりますと、(これは監査役に限るものではありませんが)一生懸命職務に専念している役員ほど責任が認められやすく、そこそこの職務でとどめている役員のほうが任務懈怠とは言われないという結論になってしまうような気がいたします。ただ、一方において「名ばかり監査役」(名目的監査役)といわれる監査役には、従来から判例上は容易に任務懈怠責任を認める傾向にありますので、そこそこの職務で留めている役員の法的責任はどの範囲で認められるのか、その線引きが相当むずかしいのではないかと思われます。

いずれにせよ、きちんと取締役会に出席している役員の会社法上の責任、金商法上の責任が容易に認められるようでは困るわけで、監督責任、監査責任を尽くしていることを証拠上残しておく努力は必要かと思います。先日、CGN(コーポレートガバナンス・ネットワーク)の関西勉強会において、社外役員は取締役会議事録にはしっかりと意見を残しておく必要がある、といった議論がなされました。私は以前にもこのブログで述べました通り、どちらかというと取締役会議事録への発言の記載はあっさりとしたもののほうがいいのではないか、という立場です。詳細な記録が残してあるということは、逆にいえば「書いていないことは発言していない」という推定が働くことになるからであります。そこそこ漠然とした記述であれば、「こういった発言をした」と記憶などから補足することもできそうです。しかし、社外取締役や社外監査役の意見は会社法施行規則において事業報告等による開示規制の対象となるものもあるわけですから(たとえば同規則124条4号)、できるだけ発言内容は詳細に残すべきだ、という意見も強く出されるところです。議事録は簡略化しておいて、その代わりメモや録音データとして残しておく、ということも意見として出されていました。

ただ、詳細な議事録を残すにせよ、添付メモやデータ保存によるにせよ、取締役会の議事録が詳しければよい、というものでもなさそうであります。これは出席された一部の役員さんから出た意見ですが、その方は元々金融機関のご出身で、取締役会ではいわゆる「金融検査対策」に関する話なども出てくるそうです。もし、金融庁による検査の際に、すべての関連書類を開示せよ、と言われれば、添付メモや録音データだけを抜き取って提出するわけにもいかず(そういったことをすると検査妨害や検査忌避の疑いがあります)、とくに不正に関する共謀などといったことではなくても、当局に知られると「少し気まずい」ようなことも含まれてしまうとか。そういったことを考えるならば、やはり取締役会議事録の発言内容は、できるだけアバウトなほうがよいのではないか、とのことでした(なるほど……そういった見地から考えたことはありませんでした)。

ダスキン株主代表訴訟事件では、取締役会では黙っておられた社外取締役の方が、社長宛に長文の手紙を出し、早期に不祥事を公表するよう要望し、その結果として被告となることを免れたことがありましたが、やはり自分の身は自分で守ることが大切ではないかと思います。たとえば社外取締役にせよ、監査役にせよ、取締役会できちんと発言しておくべきことは発言したうえで、(特に発言を残しておきたいと考える場合には)後日でもいいので発言内容を自ら書面にして議事録に添付しておくように要望する、もしくは議事録とは別でもいいので、自らの意見を「意見書」として取締役会宛に提出する、そこまでなかなかできないのであれば、最低でも自分自身の備忘録を作成しておく、といったことが現実的な方法ではないでしょうか。

なお、本日のエントリーは、判例を題材に用いましたので、取締役や監査役の保身といったところに終始しておりますが、取締役会では、当然のことながらステークホルダーの利益のために発言しなければならないことを念のため申し上げておきます。


編集部より:この記事は「ビジネス法務の部屋 since 2005」2012年7月11日のブログより転載させていただきました。快く転載を許可してくださった山口利昭氏に感謝いたします。
オリジナル原稿を読みたい方はビジネス法務の部屋 since 2005をご覧ください。