社外取締役選任義務化はなぜ見送られたのか --- 山口 利昭

アゴラ編集部

会社法改正の目玉と言われておりました社外取締役の法制化(上場会社への義務付け)が、見送られることになった、とのこと(すでに新聞各紙で報じられております)。会社法で社外取締役の選任を義務化することについては、ご承知のとおり経済団体から強い反対意見が出ておりましたので、その反対意見に押し切られてしまった、ということのようであります。なぜ押し切られてしまったのか? ……ご異論もあるでしょうが、以下は私の勝手な感想であります。


企業不祥事問題と結びつけてしまったことが、まず第一の要因ではないかと。昨年9月ころまでは、たしか社外取締役制度を導入することで、企業のパフォーマンスが上がる、という検証結果なども出され、社外取締役制度導入論者の勢いが復活しかかっていたはず。この検証結果に反対論者がどう切り込んでくるのか……というあたりに関心が集まっていたころに、大王製紙、オリンパス事件が発覚。ここで企業パフォーマンスの問題ではなく、コンプライアンスの問題にすり替わってしまいました。不祥事防止のために社外取締役を導入せよ、といった議論が一般的にはわかりやすい議論なのですね。結局、社外取締役を導入しても不祥事は起こる、いや起きない、といった水掛け論となり、独立性の問題も「社長のゴルフ仲間を連れてきたって独立性は確保できるではないか」といった反論にまともに答えられなくなってしまった。企業パフォーマンス論で議論が進んでいたほうが賛成論者からするとよかったのではないかと。

つぎに、そもそも社外取締役導入を法制度で強制している国はあまりないという事実。上場ルールなどで強制するということはありますが、法律で義務化する、というのは少数なのですね。そもそも法制度で義務化してしまうと、当ブログでも過去に問題にしたように、社外取締役に欠員が生じたときの取締役会決議の効力はどうなるのか、「独立性」要件が満たされないことが後日判明したときに、それまでの取締役会決議はどうなのか、といった問題がつきまといます。1人以上、ということであれば、余計めに2人は選任しておかねばならない、といった問題も生じるかもしれません。制度強制といっても、そこまでの効果は不要であり、社外取締役を選任しない会社に対してなんらかの(上場ルールによる)事後的制裁があれば足りるのではないか、とも考えられます。そのあたりの詰めが甘かったか、もしくはアピール度が弱かったのではないかと。

また、これは私の周囲の企業実務家の方とお話をしていての感想ですが、「社外取締役を本気で探さないとマズイ……」という機運が高まって、本気で探してみると、意外と人材がいないという点が大きいのではないかと。これも賛成論者からは「そんなことはない。人材は豊富です。」と反論されるところなのですが、いざ本気で探すとなると、やはりまったくの見ず知らずの人を社外取締役に選任する、ということはないでしょう。とくにCSRとの関係で、社外取締役制度導入にダイバーシティ対応も含めて考え出すと人材が限られてきます。それでもやはり「人となり」を知っていて、「この人ならば」と思える人に依頼するはずです。また「この人なら」と思える人も、本気で就任を考えていくと、ちょっとリスクがあってこわいなぁと感じる方も多いのではないかと。社外取締役が訴訟の被告となるケースなども報じられているところですし。この「人材不足」という問題は相当な導入消極論を盛り返すきっかけになっているのではないかと思うところであります。導入論の現実味が増したがゆえに顕在化した問題かと。

まだ「うっちゃり」(会社法では制度化しないけど、取引所の企業行動規範で強制する)の可能性はまったく無いとは申しませんが、とりあえず今後もソフトロー、または開示規制による社外取締役導入普及策がソフトランディングの方策として検討されることになるのではないでしょうか。社外取締役制度導入に賛成する立場としても、まだまだ導入のための土台作りに努力をしなければならない、ということかと思います。ただ国内機関投資家の議決権行使基準や議決権行使助言会社のポリシーの改訂などは、少しずつではありますが、ボディブローのように効いてくるでしょうね。


編集部より:この記事は「ビジネス法務の部屋 since 2005」2012年7月20日のブログより転載させていただきました。快く転載を許可してくださった山口利昭氏に感謝いたします。
オリジナル原稿を読みたい方はビジネス法務の部屋 since 2005をご覧ください。