マイナンバー法の真実(第2回) --- 八木 晃二

アゴラ編集部

法案だけからは見えない問題点

今回は、現状検討されているマイナンバー制度が抱える問題点を3点に整理した上で、詳しく検討していきたい。その3点とは、(1)制度目的とコストのバランスの問題、(2)プライバシー保護に対する問題、(3)電子行政へのアクセス手段としての問題である。


(1)制度目的とコストのバランスの問題

法案を作って国民に対して施行する、そしてその施行に必要な制度の実現には国民の税金が投入されることとなる。当然のことであるが、本来その制度は国民に対して、国は何を目的にその制度を実施するのかを明確にして説明する責任がある。例えば、国民生活の利便性向上、政府の財政支出削減、社会の公平性の確保などである。そして、その目的達成のために、国民の税金がどれだけ投入され、どれだけの効果が出るのかを明確にしなければならない。だが、その目的が曖昧かつ多岐に渡るほど、現在の日本の縦割り行政制度において、無駄な制度・システム開発を生み、それに政財界の利権構造が絡み、更に悪いことに、曖昧な目的から生まれる正当性を根拠に批判を封じ込めてしまう。

今回のマイナンバー法案の目的は、国民一人ひとりに「番号」を付与し、納税や社会保障給付申請等の場面で記載させることで、各個人や世帯の納税・給付情報をこの「番号」を元に名寄せ出来るようにし、政府が各国民の負担と給付の金額を正確に把握出来るようにすることとされていたはずだ。そして、それが社会保障と税の一体改革において不可欠であり、そのために政府はその導入を急いでいるのである。であるなら、マイナンバー制度は、この1点に目的を集中すべきである。

しかしながら、実際には、この「番号」をICカードに記入して配布して、そのICカードを電子行政へのアクセス手段とするところにまで広げようとしている。さらには、そのICカードを身元証明書としても使用できるようにし、そのために必要なシステムを構築する、といった具合だ。いずれも、本来の目的とは直接関係のないものである。

加えて、この「番号」を記入したICカードを使って、税分野、社会保障分野、さらには関連する金融機関等のあらゆる民間企業の情報を連携させる基盤(情報提供ネットワークシステム)を構築することが検討されている。非常に多くの情報保有機関の情報を連携させる、巨大なゲートウェーシステムの開発である。システム開発経験のある方なら一目瞭然であるが、何年かかって、どれだけの税金を投入したら完成するのだろうか? どこかのダム建設と同じ道をたどるのは明らかであろう。

さらに、この法案が通った後は、その具体的なシステム構築等は各省庁に縦割りでまかされてしまうことになると思われるが、そこでさらに各省庁の思惑により、糸の切れた凧のように本来の目的を見失い、全体最適化の視点がないまま、個別システムが肥大化することが懸念される。当然、そのための費用として、税金が投入され続けることとなる。

日本国の財政はご存知のように危機的な状況にある、いかに制度の実現に、血税の投入を最小化するかを徹底的に考えることが必要である。そのために、その制度の構築目的を明確にし、その目的達成のためのコスト最小化を計り、その目的実現に投入した税金と国民のメリットに対する説明責任を明確にする必要がある。

(2)プライバシー保護に対する問題

マイナンバー制度に関して最も懸念されているのが、プライバシーが十分に保護されるかである。前述したように、マイナンバー制度の目的は、各個人や世帯の納税・給付情報をこの「番号」を元に名寄せできるようにすることで、効率化と正確性を実現することである。しかし、この「番号」の利用範囲を他の行政分野にも拡大した場合、国民の情報は国に対して丸裸となり、自由な社会生活が阻害される恐れがある。仮に、現在の政府がそのようなことをしないとしても、将来にわたる保証はなく、現在でも、公務員によるプライバシー情報の漏洩事件は発生している。また、そのような国家監視の可能性があるということだけでも、国民への萎縮効果をもたらしかねない。

さらに、政府は全国民へのICカードの配布と、それの電子政府へのアセス手段としての利用、さらには民間サービスの取込も考えている。もし、それが実現した場合、あらゆる国民生活がその「番号」と結びつくことになるのである。よく、セキュリティとプライバシーが混乱して議論されることがあるが、仮に暗号技術などのセキュリティ技術により情報漏洩のリスクを抑えたとしても、番号とそれに紐付く情報にアクセスすることができる組織がある限り、プライバシー侵害の懸念は消えない。

例えば、印鑑は、実印、銀行等への届出印、認印などを、その利用シーンに応じて使い分けている。宅急便の受取証に実印をつくことはまずない。つまり、必要とされるレベルに応じて使い分けることで、悪用や盗用を防いでいるわけである。ICカードを広範な用途で使用させることは、言ってみれば、何にでも実印をつくようなものであり、非常に危険である。

さらに、マイナンバー制度では、そのICカードを、現在、運転免許証などが担っている、身元証明手段として使えるようにしようとしている。しかし、問題となるのは、そのICカードの身元証明の手段としての信頼性である。もし、ICカード発行時の身元確認があやふやであったら、その後の仕組みをどれだけ優れたものにしても、全く意味がない。住基カードは、不正取得が横行したため、携帯電話の契約に使用できない場合があることはご存じだと思う。残念ながらマイナンバー法案は、身元確認における本質的な問題点に対して、何の解決案も提示していない。

(3)電子政府へのアクセス手段の問題

電子政府の目的は、インターネット等を介して、行政窓口に行かなくても様々な行政サービスを受けられるようにし、国民の利便性を高めることである。例えば、引越の手続きに、役所に足を運ぶことなく、転出、転入手続きが一括でできるようになるイメージである。そして、電子政府のサービスの利用が増えれば、窓口業務を減らすことができ、行政事務のコストを低減させることができる。

しかし、現実には、現在の電子政府のサービスの利用率は総じて低く、費用対効果が見合っていない例が多い。例えば、e-TAXの普及率の低さは、そのアクセス手段の煩雑さが大きな要因と言われている。e-TAXを使うには、まず最初に、電子署名が入ったICカードを役所に出向いて発行してもらい、ICカードリーダーを自費で購入し、自分のPCにICカードリーダー固有のソフトをインストールして接続する。そして、3年後には、また役所に出向いて、ICカード内のデータを更新してもらう、もしPCを買い換えればソフトを再インストールしなければならない。これでは、ITリテラシーの高い人でもうんざりしてしまう。紙で申告する場合、郵送すれば済み、役所に行く必要すらないのである。確かに、成りすまし等の危険性を下げることは必要である。

しかし、もともとの制度目的を達成するのに、利用率を上げる必要があるのであれば、煩雑なアクセス手段を改善する工夫が必要なはずである。いくら、業務を電子化したところで、アクセスし辛く、利用率が低い電子政府は何一つ行政の効率化には結びつかないのである。ICカードを配布しないと電子政府へのアクセスにおけるセキュリティが担保できない、という思考停止状態から抜け出さないと、その制度目的は永遠に達成できないのである。

次回は、これらの3つの問題点に対する解決策を提案したい。

八木 晃二
(株)野村総合研究所 DIソリューション事業部長 
(一般社団法人)OpenID ファウンデーションジャパン 代表理事