「東北三県観光マルチ・ビザ」はなぜ不人気か

2012年08月05日 21:52

「東北三県観光マルチ・ビザ」 はなぜ不人気か
試行錯誤を重ねて制度の改善を

2003年に出した拙著 「中国台頭」 で中国人観光客を呼び込もうと提唱したことがある。これから日本地方経済を振興するためにも外国人観光は必須アイテム、そして未開拓の最大口は中国だと思ったからだ。当時はこういうことを講演で話すと、「外国人犯罪問題をどう考えているのか」といった反発があったものだが、あれから約10年が経つ中で、日本国内の受け止め方は「隔世の感」と言ってもよいほど大きく変わった。

これを受けて政府のビザ政策も緩和が進み、とくに昨年7月に始まった沖縄観光ビザ解禁あたりから 「マルチ(数次)ビザ」 という新技が登場した。中国富裕層は、カネがあってもヒマがない。2~3週間先の予定を固めて旅行会社に申し込むことの心理的障碍はけっこう大きい。しかし、数次ビザがあれば、「週末の予定がドタキャンになってしまったが、どうしよう?…そうだ!!日本の湯泉に浸かりに行くか(ゴルフ/スキーに行くか)! 飛行機便の空きを調べよう!」 という事の運びが期待できる。

加えて、今年7月からは「東北三県を訪問する中国人個人観光客に対する数次ビザ」が解禁された(ニュースはかなり大きく扱われたので、ご存じの方も多いと思う)。ここでは、家族も一緒に連れて申請できる、ビザ申請費(数百元)も無料にする、ということで更に利便性が拡大した。

不人気な東北三県観光マルチビザ

ところが、いま来ている中国で、意外な話を聞いた。「東北三県観光マルチビザは人気がない」 というのだ。東北に行きたくないという訳ではなく、「使い勝手が悪い」というのだ。日本の関係機関は利便性改善に一歩ずつ努力しているのに、なぜ?と思って詳しく聞いてみると、以下の3点を挙げられた。

(1) 保証金が3年間塩漬けに

中国人を対象とした観光ビザ申請要件には、今はたいてい「1人当たり5~10万元の保証金を旅行会社に納める」というのが入っている(この要件自体は、筆者も目下はやむを得ない措置だと考えている)。

しかし、筆者に話をした人によると、「シングルビザの観光旅行のときは、旅行から戻ると保証金も返金されたが、3年マルチにすると、保証金も3年帰ってこないと言われた。家族3人で行こうと思ったが、合計15万元が3年塩漬けになるので、申請する気が萎え、行くにしてもシングルビザで十分だと感じた」というのだ。15万元と言えば、けっこうな高給取りの1年分の年収だ。日本の感覚で言えば、5~700万円くらいのお金が旅行会社で3年間塩漬け、という感じに近い。

  (2) ビザの有効期間中、パスポートを旅行会社から返してもらえない

マルチビザになったことで、何度も行き来が自由になるのは良いが、保証人になる旅行会社が「自社が知らない、手の届かないところで往来されたら、事故(オーバーステイや失踪)が起きても責任が取れない」と言って、「帰国後もパスポートは旅行会社が預かる」のだそうだ。これでは、他社を利用する社用の出張等に支障が出るのではないか、急場でパスポートが必要になっても、即座に返してもらえるのか、といった不安が遺る。

「マルチ申請する初回は自社を使ってもらえるが、その後、何時、何回行ったか知る術がない、では管理のしようがない」という旅行社の言い分にも一理はあるだろう。しかし、要求のウラには「何処に行くにも、我が社を利用してもらう」という旅行会社の「顧客囲い込み」の思惑が感じられる。

ところで、中国人にマルチビザを発行する国は、どこでも同じ問題が発生するのではないのか。そう思って尋ねてみると、「米国の場合、旅行会社を経由せずに個人で大使館・領事館に申請できるので、旅行会社が『保証人としての責任』を理由に介入する糸口がない。つまり、この問題は『ビザ申請は旅行会社経由でないと受理しない』という日本特有の問題だ」と言うのである。
(注:米国制度については、裏を取っておらず聞いたままの受け売りである)

 (3) 家族はマルチビザをもらっても、申請者抜き・単独で日本に行くことはできない

「えっ!本当?」と思って確認してみたが、そのとおりだった(中国の旅行関係ウェブでの紹介(中文))。都市部の中上流階層の子供(大学生~30歳くらいまで)には、日本のアニメや「カワユイ」系ファッションなどのファン・マニアがゴマンといる。親と一緒にマルチビザをもらえば、忙しい親を横に措いて、自分独りで(或いは友達と)何度も往来してくれそうな気がするが、そういう訳にはいかないらしい。定職に就いて、それなりの収入を得るまでは自分で申請することは出来ないし、困ったところである。

  改善の方策はあるか

上記意見を見た人は、「(利権の匂いも感じさせる) 旅行会社の代理申請とか保証を止めてしまえ」と感じられるかも知れない。しかし、それほど簡単ではないのである。

在外公館のビザ・セクションは、限られた人員で申請の急増に対応している。慣れない個人の申請を受け付ければ処理効率が落ちる。それに個人の側に、旅行社を通さず自ら申請したいというニーズがどこまであるかにも疑問がある(領事館のない遠隔地の在住者はもちろん、領事館のお膝元都市でも、旅行会社のショップ店頭で申請を代行してもらえる方がはるかに便利である)。代理申請は旅行会社による記入ミス事前チェック、処理のバルク化を通じて事務効率化に重要な役割を果たしており、簡単に「止めろ」と言う訳には行かないだろう。

一方、旅行会社を保証人とする運用は、今後緩和の対象として検討する余地があるのではないか。一人5万元の保証金、しかもマルチビザの有効期間中ずっと塩漬けというのは、重い制約である。これに加えて保証人(旅行会社の保証)も要求するのは、やや重複・過剰の憾みがある。

例えば、「保証人=旅行会社」要求を撤廃すると同時に、保証金も現金を預けるのではなく銀行預金に対する質権みたいな「ボンド」制度一本に代えることはできないか。申請者と領事館の間に介在する第三者を旅行会社でなく金融機関にするということである。ビザ保有者がその預金を処分したければ、領事館に代替のボンドを提供するかマルチ・ビザを返納 (void) すればよい。

銀行実務にくらい素人論かも知れないが、いまの「保証人=旅行会社」制度を、こういう形の「ボンド」制度に代えられれば、代理申請制度を残しても、パスポートを取り上げられたまま、といった現象は起きなくなるはずだ。

家族の単独行についても、家族の法令遵守には申請者が責任を負ってもらう見地から、法令違反があれば、渡航していない申請者のボンドも含めて没収、マルチビザも家族・申請者ともに無効とする、といった制裁を用意することで、途を拓くことはできないだろうか。

むすび

国際社会における人の交流、外国人に日本を己の目で見て体験してもらうことの重要性は改めて言うまでもないし、冒頭触れたように、外国人観光客誘致はこれからの日本地方経済を振興するためにも欠かせない。しかし一方で、「だから規制なんかできるだけ止めてしまえ」という訳にも行かない。そのバランスをどう図っていくかが鍵である。

マルチビザの適切な発給は、本来、何度か渡航歴があるが問題を起こしたことがない「好ましい渡航者」にはマルチビザを出すことで申請量を減らし、その分ビザ・セクションの限られた人員をほんとうにチェックが必要な重点対象に集中させるという意味合いもあって進められていると承知している。

今回指摘を受けた問題点は、いずれも理由のないところから生じたものではないが、これを放置していたのでは、せっかく始まった東北三県観光マルチビザが活かされない。こういう前向きな取り組みは、試行錯誤を経ながら、上述のバランスを図りながら、改善していってほしいものだ。

(平成24年8月5日 記)

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