勤労世代の一部と引退世代で再分配所得が逆転

小黒 一正

2012年8月10日の参院本会議にて、消費増税を含む社会保障・税一体改革関連法案が民主・自民・公明3党の賛成多数で成立した。消費税率は2014年4月に8%、15年10月に10%に引き上がる可能性が高まってきた。

しかし、毎年1兆円以上のスピードで膨張する社会保障費を抑制できない場合、財政安定化に必要な最終的な消費税率は25%超に達するとの試算もあることから、改革はまだ十分とはいえない。


その際、最も重要な視点は、「世代間格差の改善」である。この点について、内閣府(2005)『経済財政白書(平成17年版)』の世代会計では、60歳以上の世代(1943年以前生)は生涯で4875万円の得をする一方、20歳未満を含む将来世代(1982年以降生)は4585万円の損をするとの試算を公表している。

このような世代間格差は、賦課方式の社会保障(年金・医療・介護)や、毎年恒常化する財政赤字によって引き起こされているが、その主な原因は現行制度が急速な少子高齢化に対応できず、もはや制度疲労を起こしていることにある。この事実は、以下の図表でも確認できる。

アゴラ第44回(図表)

この図表は、再分配前の「当初所得」(税・保険料の支払いや社会保障給付の受け取り前)と、「再分配所得」(税・保険料の支払いや社会保障給付の受け取り後)を年齢階級別にプロットしたものである。

まず、再分配前の「当初所得」をみると、勤労世代(20歳-59歳)は300万円-420万円の収入を得る一方、引退世代(60歳以上)は140万円-290万円の収入しか得ていない。また、65歳以上の当初所得は170万円以下であるが、60歳以上は主に引退生活を送る世代であるから、これは自然な結果となっている。

しかし、「再分配所得」では、30歳-39歳の「再分配所得」と60歳以上の「再分配所得」が逆転するという、興味深い現象が読み取れる

データの限界もあるために断定的な結論はできないが、この図表のデータでは、子育てや住宅ローンの支払いに追われる30歳-39歳の「再分配所得」は306万円であるものの、公的年金等を受け取る60歳以上の「再分配所得」は308万円-380万円となっている(注:308万円の「再分配所得」は70歳-74歳)。

すなわち、現行制度のもとでは、勤労世代の一部と引退世代では再分配で所得が逆転している可能性があり、もしそれが正しい場合、これは許容できる現象であろうか。

今後、「社会保障制度改革国民会議」において、具体的な検討が進むことが予想されるが、現在のところ、世代間格差の改善が本格的に議論される気配はない。本当に抜本改革を行う政治的意思があるならば、最も重要な視点は「世代間格差の改善」である。

その際、拙書「2020年、日本が破綻する日」(日経プレミアシリーズ)等で説明するように、現在は賦課方式の社会保障(年金・医療・介護)を改め、「社会保障予算のハード化」や「事前積立」を活用しつつ、世代間格差の改善を図る試みが不可欠であり、社会保障制度改革国民会議ではこのような試みも含めて議論が進むことが期待される。

(一橋大学経済研究所准教授 小黒一正)