中国化する政治?

2012年09月01日 10:36

大阪維新の会の公約、「維新八策」の最終案が発表された。注目されているのは衆議院の定数半減だが、それは本筋ではない。橋下市長は、そのねらいをこう語っている。

政治任用で行政組織を作れば、議員の数は多くは要らない。選ばれた政治家の価値判断・決定と同じ価値観を持つ行政組織を作れば良い。こうすれば政治家の数が少ないからといって官僚依存になることはない。政治家と同じ価値観を持つ行政組織が誕生すれば、そのような組織に依存しても問題ない。


つまり国会が立法するという(機能していない)建て前をやめ、官僚が立法する実態に合わせて、幹部公務員を政党の政治任用にして、実質的に選挙で選ぶことがねらいなのだ。これは民主党政権も「政治主導」という名でやろうとしたことだが、政務三役だけがパラシュート部隊のように役所に降りても、実権はすべて事務方に握られて何もできなかった。

これに対して大阪で橋下氏が短期間に実績を上げたのは、よくも悪くも彼が「専制君主」として官僚機構を押し切ったからだ。日本の統治機構は中国型なので、国家とは君主と官僚機構のことで、議会には意味がない。特に地方自治体では立法と行政は知事(市長)部局が行ない、議会には拒否権しかない。

橋下氏の改革は、この形を国政にも持ち込もうということだろうが、霞ヶ関のもつ権力と情報量は大阪とは比較にならない。民主党の政務三役はイギリスをモデルにしたものだが、日本の政治家には立法の能力がないので、官僚に歯が立たない。かといってアメリカのように外部から送り込む人材も少ない。戦前の政治任用の場合は、役所の中から政治家の選んだ官僚を登用するケースが多かったようだ。

政治任用にはプラスとマイナスがある。プラスは立法と行政が一体化するので意思決定が速く、大きな転換も容易なことだが、マイナスは「君主」の恣意的な決定や公務員の腐敗が起きやすいことだ。大阪の場合は政治任用はしていないので腐敗はあまりないが、君主と労働組合の闘いが日常化している。これを「ハシズム」などと呼んで批判する人がいるが、彼らは平松市長のように何もしないで役人の既得権を守ることがいいと思っているのだろう。

もう一つの問題は、戦前の日本でも問題になったようにネポティズムや猟官運動が横行して官僚機構が劣化することだ。アメリカでも、政権交代のたびに公務員が3000人も交代する制度には批判も多い。ブッシュ政権でハリケーン「カトリーナ」の大災害を放置したブラウンFEMA長官のように、「お友達人事」で無能な人物が重要ポストにつく弊害も指摘されている。

「民意によるチェックがきかない」という心配は、日本ではないだろう。むしろ首相が過剰にチェックされて、毎年のように交代する弊害が大きい。軍事的に暴走することも、米軍が実質的に押えているので考えられない。

意外に見落とされているのが、内閣法制局の重要性だ。日本の法律は各省庁がバラバラにつくるが、法制局が重複や矛盾を許さないので、その審査を通らない法律は国会に提出できない。そのため戦前は法制局長官が政治任用で重要ポストだったが、戦後は法務省などのプロパーが就任し、集団的自衛権などについて実質的に政府見解を決めてきた。これを改め、法制局長官を政治任用にすることが不可欠だ。

日本の国会は官僚のつくった法案に拒否権を行使するだけの「百姓一揆」みたいなものなので、480人でも240人でも大した違いはない。重要なのは、実質的な立法機関である官僚機構を外部からチェックすることだ。日本の統治機構はもともと中国型なのだから、それに合わせて意思決定を霞ヶ関に集約して「中国化」する実験は、やってみる価値がある。

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池田 信夫
アゴラ研究所所長 SBI大学院大学客員教授 学術博士(慶應義塾大学)

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