国民医療費増大に潜む、薬剤師の存在意義を問い直す必要性 --- 竹内 健太

アゴラ編集部

2011年度の国民医療費は37.8兆円と過去最高になった。現役世代よりも医療を必要とする高齢者の割合が増えたことや医療技術の進歩といった要因が影響しているが、国民医療費の増加に影響した重大な要因が存在する。それは、薬局調剤医療費の増加である。


平成11年度と平成21年度の診療種類別国民医療費を比較すると、10年間で国民医療費に占める薬局調剤医療費が、7.8%から16.2%に約2倍に増加していることがわかる。推計費用を比較しても、平成11年度では2兆3844億円であり、平成21年度では5兆8228億円と2倍以上に増加している。10年間で総国民医療費は5兆3048億円増加しており、その中でも薬局調剤医療費は3兆4384億円増加している。国民医療費の増加分に占める薬局調剤医療費の増加分は約65%であり、薬局調剤医療費の増加は見過ごせない状況となっている。

この薬局調剤医療費が増加した要因は1951年に制定した医薬分業法である(1954年に一度改正されている)。かつては調剤部門が病院内で設けられていたが、病院が利益を目的に患者を「薬漬け」にする危険性が指摘されていた。1990年代に医療問題として取り上げられ、医薬分業が推進した。その結果、医薬分業率(院外処方率)は2007年には59.8%に達している。それを促した一番の要因は、薬価算定方式の見直しにより薬価差益が大幅に縮小したこと、処方箋料の引き上げなど診療報酬により院外処方の経済的誘導が図られたことにある。医薬分業が進んだのは、法律の制定によるのではなく経済的誘導であったからである。

その結果、2009年度の時点で全国の薬局数は53,642店舗存在し、コンビニの店舗数よりも多い現状となっている。ここ10年間で、駅周辺や診療所や一般病院周辺に薬局の数が多くなったと印象を持つ人々は多いのではないだろうか。

薬局の数の増加に合わせて求められているのは薬剤師の存在である。最近では多くの薬局チェーンテーンや企業、コンビニが調剤薬局に進出しようと店舗数を増やす中で、薬剤師が必要となっている。しかし、調剤薬局で勤める薬剤師の中には悲鳴を訴えている者がいる。

調剤薬局での薬剤師の仕事は主に、処方箋を基に決められた通りに薬を詰め合わせることである。会計と同時に手渡された資料を基に薬の副作用を簡単に説明する。調剤薬局で勤める薬剤師の中には、やりがいを感じる場面が少ない者も存在する。最近では、ドラッグストアに行くと、薬剤師が他のアルバイトの人たちと一緒になってレジで客をさばいている光景を多く目にするようになった。我々一般市民の目からみても薬剤師の役割を理解している人は少ないように感じる。このような現状で、問題になるのは薬剤師の存在意義である。

平成18年度から薬学部は4年制から6年制に移行している。文部科学省によると、その意義は「近年の医療技術の高度化、医薬分業の進展等に伴い、医薬品の適正な使用等社会ニーズに応え、医療人として質の高い薬剤師を養成するため」となっている。しかし現状は、6年間で身につけた薬学の知識や技術を発揮できずに、レジ打ちに勤しむ薬剤師を増やすだけとなっており、現場では多くの薬剤師がやりがいを感じられていない。

私は、薬剤師の存在意義を顧みずに、医薬分業を進めた結果このような問題が生じてしまったと考える。薬剤師の存在意義というのは、医師や看護師、理学療法士や作業療法士といった他の医療従事者と同様に、患者を中心としてチーム医療のなかで薬剤師の役割を発揮することにあると思える。医薬分業を進めるにあたって、薬学部教育を4年制から6年制に移行し、高度な知識と技術を身につけることは良かったのかもしれないが、現実には医薬分業によって院外処方となり、調剤薬局が病院外に設置されるようになり、医師と薬剤師との距離が遠くなってしまった。

薬剤師の価値というのは、他の医療従事者よりも薬に関する知識が有し、患者の病態生理からどのような薬が良いのかを選択したり、薬の副作用をモニタリングし、他の薬との併用で有害な副作用が出ないのかを提言できるところにあると思える。そしてそれは医師の知識と技術を凌駕し、医師にも助言を与えられるだけの力量が求められるのだ。

医薬分業によって調剤薬局を院外に設置することの善し悪しは評価できないが、医師と薬剤師との距離を遠ざけたことは、薬剤師の存在意義を考えると、良い選択ではなかったと思える。患者へ良い医療を提供するという目的を考えると、一番の問題は日本の医療文化が医師を頂点とするヒエラルキーとなっており、薬剤師が医師に助言するといったことが憚れることである。このような医療文化を改めるために、もっと医師と薬剤師との距離を近づけ、共に患者のために治療を選択できるようなチーム医療を推進することが重要である。

文献[3]によると、米国での集中治療室では臨床薬剤師が活躍している。臨床薬剤師とは集中治療室で患者の病態生理を把握したり、医師の処方の承認を判断し、患者をモニタリングして、薬剤師としての評価を元に計画を立案する仕事である。医療の組織図が縦割りではなく横割りな医療文化が根付いている米国ならではであるが、薬剤師が医師と対等に発言できる環境があるのだ。

以上をまとめると、日本の国民医療費が増大するなかで調剤薬局医療費の割合が大きなポイントとなっている。経済的なインセンティブによって医薬分業が進められ、院外での薬の処方となり、薬局数がコンビニ数を超えることになった。それに伴い薬剤師の数が求められるようになった。そして国は高度な薬の知識と技術を身につけた薬剤師を養成するために薬学教育を4年制から6年制へ移行した。

しかし、実際には調剤薬局で働く薬剤師はやりがいを感じられておらず、現在では薬剤師の存在意義が問われるようになった。薬剤師の存在意義というのは、患者に良い医療を提供するという目的があり、それに向けて他職種と連携し、医師を凌駕する高度な薬の知識と技術をふるうことにある。

医薬分病によって院外処方となった結果、医師と薬剤師との距離が遠くなり、薬剤師として存在意義が発揮できなくなっている。これからの医療に重要なのは、日本の医療文化に根付いた医師を頂点とするヒエラルキー構造を破壊し、医師以外の医療従事者が憚れることなく、医師に助言できる文化を構築することにある。その方向に背いてしまっているのが、医薬分業制度である。

薬剤師の将来を考えたときに、必要になってくるのは、私のブログの記事でも紹介した、ファルメディコ株式会社の狭間研至氏が運営する薬局のような、薬剤師が在宅医療などで役割を発揮できる環境の整備である。他にも先ほども紹介した臨床薬剤師のようなチーム医療のなかで、薬剤師の役割を発揮できる制度の設備が求められる。このように薬剤師の存在意義は、患者に良い医療を提供するといった目的を基に、他職種として連携して医師にも助言できる薬剤師の力量を強めることにあると思える。したがって現在の調剤薬局の増加に対していったんブレーキをかけ、調剤薬局の存在意義を問い直す必要があると思える。

引用•参考文献
[1]平成11年度国民医療費の概況:厚生労働省
[2]平成21年度国民医療費の概況:厚生労働省
[3]知識のアウトプットで「患者モニタリング」を鍛える:日経メディカルオンライン
[4]日本の医療―制度と政策
[5]クスリの未来:日経ビジネス

竹内 健太(Takeuchi Kenta)
リハビリテーションセラピスト
twitter:@kentatakeuchi(T☆K)